大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(あ)163号 決定

本店所在地

埼玉県川口市本町一丁目一六番二号

岩崎電工株式会社

右代表者代表取締役

伊藤忠夫

国籍

韓国

住居

東京都渋谷区代々木五丁目四六番一一号

会社役員

尹柱烈

一九三四年二月二〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年一二月二七日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人伊藤卓藏外四名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でなく、その余は、違憲を言う点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であり、弁護人大塚正夫の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、事案を異にし本件に適切でなく、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三好達 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 大白勝)

平成二年(あ)第一六三号・第一小法廷係属

○ 上告趣意書

法人税法違反 被告人 岩崎電工株式会社

同 山崎勇こと尹柱烈

右の者らに対する頭書被告事件につき、平成元年一二月二七日、東京高等裁判所が言渡した判決に対し、上告を申し立てた理由は、左記のとおりである。

平成二年五月七日

主任弁護人弁護士 伊藤卓藏

弁護人弁護士 早川晴雄

弁護人弁護士 神宮壽雄

弁護人弁護士 加藤義樹

弁護人弁護士 権藤世寧

最高裁判所第一小法廷 御中

目次

第一点 原判決は、憲法第三一条、第三二条、第三七条第二項及び最高裁判例に違反する・・・・・・二一九

第一 八八六五万円の仕入値引について・・・・・・二一九

第二 棚卸資産の評価について・・・・・・二三二

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する・・・・・・二三五

第一 八八六五万円の仕入値引について・・・・・・二三五

第二 棚卸資産の評価について・・・・・・二八〇

第三点 原判決の量刑は、甚だしく不当であって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する・・・・・・二八七

第一 情状に関する原判決の認定について・・・・・・二八七

一 原判決が不利に判断した諸情状について・・・・・・二八七

二 原判決が有利に判断した諸情状について・・・・・・二八八

三 動機について・・・・・・二八九

四 本件ほ脱の態様について・・・・・・二九六

五 逃亡中、又は執行猶予期間中の犯行であることについて・・・・・・三〇三

六 ほ脱額とほ脱率について・・・・・・三〇七

第二 被告人に有利な諸情状について・・・・・・三一五

一 被告人の生い立ちと経歴について・・・・・・三一六

二 被告人の善行と業界における業績について・・・・・・三二三

三 社内体制の改善について・・・・・・三二五

四 修正申告の上、本税、附帯税及び地方税等を完納していることについて・・・・・・三二六

五 被告人の改悛の情と被告人の人柄、業界における信用などについて・・・・・・三二六

六 社会的制裁及び刑罰と企業の存亡について・・・・・・三二七

七 判決結果が被告人の本邦在留に及ぼす影響について・・・・・・三二九

第三 結び・・・・・・三三〇

第一点 原判決は、憲法第三一条、第三二条、第三七条第二項及び最高裁判例に違反する。

第一 八八六五万円の仕入値引きについて、

一 第一審及び原審を通じて、本件の最大の争点は、被告会社が富士電機冷機株式会社(以下富士冷機という)から仕入値引の形で供与を受けた八八六五万円が、税法上、被告会社の利得であるかどうかという点であった。第一審判決も原判決も、結論的には、これが被告会社の利得であると判断したが、その前提となる事実関係については、両者の認定が著しく異なっている。

まず、第一審判決は、八八六五万円の仕入値引について、大要、次のように認定・判断した。すなわち、

富士冷機は、その子会社であるアスター商事株式会社(以下アスター商事という)が経営不振で赤字続きであったため、同社の全株式を被告会社が買い取ることによって、アスター商事(の経営)を被告会社に譲渡したが、その際、富士冷機はアスター商事に対して有していた五億五二〇〇万円の債権のうち、二億六三〇〇万円の債権を放棄(債務免除)した。その後、富士冷機は、右二億六三〇〇万円の経理処理にあたり、アスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除を、そのまま正直に表に出して経理処理をしたのでは、親会社である富士電機株式会社(以下富士電機という)や税務署等に対する関係上、問題があるところから、富士冷機のアスター商事に対する架空のリベート債務と相殺したことにしたり、あるいは、アスター商事から返品を受けた商品の価格を水増したりなどして、前記二億六三〇〇万円の債務免除を消去していったが、どうしても消去しきれない免除債権八八六五万円が残ってしまった。そこで富士冷機は、この免除債権についても、あたかも、アスター商事から回収したように仮装するために、被告会社(被告人)に対し、手形決済資金は、被告会社に対する販売商品の値引という方法で、被告会社を介してアスター商事に補填することを条件に、アスター商事振出・被告会社裏書の額面合計八八六五万円の約束手形の交付方を懇請し、被告会社はこれに応じて右約束手形を振出し、この約束手形は、被告会社の資金をアスター商事にまわし、これにより決済された。このような経緯で、富士冷機から被告会社に値引されたのが、本件の八八六五万円であるが、右八八六五万円が被告会社の経理処理において、アスター商事に対する未収金として処理されている以上は、被告会社の利得である。

というのであった。

二 第一審判決の右認定は、後に詳しく述べるように、永井隆及び富士冷機側関係者の捜査段階における供述をすべて排斥し、右永井及び古池の第一審の証言及び被告人をはじめとする被告会社関係者の同審における証言を真実であると判断し、これらの証言を証拠としての事実認定であった。本件の事実経過が右のようであれば、残る問題は、右のような事実関係を前提としても、なおかつ、八八六五万円が税法上、被告会社の利得といえるかどうかという一点に尽きることになる。

弁護人は、右事実関係を前提とする限り、八八六五万円は、税法上も被告会社の利得ではないと確信していたところであるが、第一審判決は意外にも、これを利得と認定したのである。

そこで弁護人は、

「第一審判決は、その判示第三の事実に関し、被告会社が、昭和五八年三月期に、富士冷機から受け取った八八七〇万円(弁注、以下八八六五万円と同義)の仕入値引につき、これを被告会社の所得と認定したが、右値引は、被告会社が富士冷機傘下のアスター商事を買収するに際し、富士冷機がアスター商事に約束した債務免除を実行する方便として、すなわち、債務免除そのものの実行が、富士冷機にとって、税務上、寄付金の支出と認定されることを回避する方策として、専ら富士冷機の経理処理の都合上から為されたものであり、右金員に相当する利益は、富士冷機と被告会社との合意に基づき、アスター商事の富士冷機に対する手形債務の支払に当てられている(これは債務免除をしたのと同一の効果を実現している)から、被告会社は右値引利益を取得していないので、これを簿外利益として認容するか、又は値引利益相当額を預り金として認容するか、或は被告会社が、同期に名目的にせよ、アスター商事宛に計上した販売促進費中の同額部分を経費として認容するかして、被告会社の実際所得から減算すべきであるのに、右仕入値引が、弁護人らの主張のとおりの意図で為されたことを認容したにもかかわらず、これを富士冷機から被告会社に対して供与された値引利益であると認定したが、右認定には、採証法則を誤った結果、重大な事実誤認がある。」

として控訴し、右控訴趣意に基づき、第一審において取り調べられた富士冷機社員である古池俊明、松島孝に加えて、弁護人らの右主張を更に詳細かつ明確に法廷に顕出すべく、右仕入値引の実行の前後を含む全過程で、この実務に関与しており、真実を知る者である。

富士冷機社員 平山隆一

同 原靖雄

同 廣幡忠恒

被告会社社員 柴田一夫

同 入谷昭

の五名の証人調べの申請をした。これに対して原審裁判所は、

この値引の事実関係については、第一審判決も詳細な事実認定をしており、事実の評価の問題にすぎないから、請求の証人を取り調べる必要はない。

として、弁護人らの右各証人の取調請求を悉く却下し、事実関係に関する証人調べをすべて排除して、弁護人らの立証手段を奪ったまま、情状証人一名を取り調べただけで結審し、判決に及んだのである。

弁護人らは、右原審裁判所の言から、同裁判所におかれては、右の仕入値引の実態を理解されたものとの信頼を抱くに至り、第一審裁判所が認定した右仕入値引の経緯に関する事実関係を前提とした上で、これに対する税法的な再評価がなされ、弁護人らの主張に添った判断がなされるものと信じて疑わなかったところである。

三 しかるに、原判決は、右の仕入値引発生の経緯につき、

「アスター商事に対する八八六五万円の債権が残ることとなったため、富士冷機は、昭和五七年三月ころ、アスター商事に対し、右残債権の支払を請求した。これに対し、被告人は、アスター商事を引き受けたことにより多大の損害を被ったとして、逆に富士冷機に対し、同会社と被告会社間における自動販売機の売買に関し、仕入代金の値引をするように執拗に要求した。富士冷機としては、当初、被告人の値引要求に応ずる意思はなく、右残債権を回収するつもりでいたが、被告会社との一年間における取引高が二〇億ないし二五億円もあって、粗利益に換算しただけでも三億ないし三億五〇〇〇万円もの利益を上げることが出来るので、営業担当者らの間では、被告人の右要求に応じた方が得策である旨の意見が強かったため、これに応ずることとした。」

と、第一審判決が、富士冷機の関係者らの証人調べを経て認定した事実と全く異なる事実を認定して、本件控訴を棄却したのである。

四 右認定は、第一審公判において、取り調べられた被告会社及び富士冷機関係者の法廷における証言を全く無視し、捜査段階で作成された同人らの検面調書の内容を引き写したに過ぎないものであるが、のちに詳しく述べるように、これらの調書における供述内容は、およそ荒唐無稽で信用性の無いものであった。このことは弁護人らが、第一審において、被告人尋問並に前記被告会社及び富士冷機社員らを証人として取り調べていただいた結果、これらの者が右検面調書の供述内容を覆す、かなり真実に近い証言を導き出すことが出来たことからも明らかである。それだからこそ第一審判決は、これらの証人の取り調べの結果を踏まえ、富士冷機社員らの検面調書における各供述を証拠として採用せず、同人らの証言に基づき、

「富士冷機は、社内での検討の結果、アスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する右同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたことから、富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせたアスター商事とのリベートに関する覚書を作成し、これにより同社に対し一億二二〇〇万円のリベート支払債務があることとして右債務とアスター商事に対する前記債権とを相殺処理し、また高橋社長の出損によって二七〇〇万円の弁済を受け、更に、アスター商事の帳簿に記載されている商品及び簿外商品並びに被告会社からアスター商事に移した商品を適宣金額を定めて帳簿上の返品処理を行ったが、右の方法によっても八八六五万円の債権が残ることとなったため、昭和五七年三月下旬ころ、被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振出・被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振出して欲しい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引をすることによって実質的に補填する旨申し入れるに至った。」

と、まさに実体的真実と言い得る事実を、明確に認定したのであった。

原判決が、

富士冷機は、アスター商事に対する残存債権八八六五万円余を要求したところ、被告人から被告会社に対する仕入代金の値引を執拗に要求され、やむなく応じた。

とするのと、第一審判決が、

富士冷機は、八八六五万円余の債務免除をそのまま公表処理出来なかったため、債務免除した債権につき、あたかもこれを回収したかのような形式を整えるための一方法として、同金額の被告会社の裏書のある支払手形の発行を要請し、自己がこの決済資金を被告会社に対する機械代金の値引の形で補填し、負担することを約した。

とするのでは、事実関係が、天と地ほど、水と油ほど違うのであって、弁護人らは、原判決を聞きながら、ただ唖然とするのみであった。

すなわち、第一審判決は、右八八六五万円の性格について、これは、本来、アスター商事が富士冷機に対して支払う必要(義務)のない性質のものであるが、富士冷機側において、アスター商事に対して行った二億六三〇〇万円の債務免除を隠蔽する手段として、アスター商事から右同額の債権を回収したように、経理処理上仮装するために、富士冷機の懇請により、アスター商事振出、被告会社裏書の右同額の約束手形を振出決済することとなったところから、その穴埋め(補償)として、富士冷機が被告会社を介してアスター商事に支払うことになったものである旨(したがって、右八八六五万円はアスター商事(被告会社)の利得でもなければ収益でもないことになるが、それはさておき)認定判示するのに対し、原判決は、右八八六五万円について、これは、本来、富士冷機がアスター商事(被告会社)に支払う必要(義務)のない性質のものであるが、被告会社(被告人)から執拗に要求されて、やむなく、仕入代金の値引という方法で、被告会社に支払った旨(したがって、これは被告会社の利得であり収益である)全く正反対の事実を認定判示したのである。

五 原判決が、なぜ、このような誤った判断をするに至ったのか。その理由は次のとおりである。すなわち、第一審法廷における証人調べにおいて、永井ら富士冷機関係者の検察官に対する供述が崩れ、捜査段階における供述が、その重要な部分において虚偽であったことが明らかになるとともに、右八八六五万円の性格が、第一審判決の認定するとおりであることも明らかになった。それにもかかわらず、原審裁判所は、敢えてこれを無視し、全ての事実を、これら関係者の検察官に対する供述調書に記載された(真実に反する)供述内容に従って認定したからである。これは実質的には、公開の法廷における審理を受けないのと同然の結果であって、実体形成手続が逆行した感があり、原審裁判所のこのような態度には、実体的な真実を発見しようとする努力のかけらすらないと言わざるを得ないのである。

しかも、原審裁判所は

この値引の事実関係については、第一審判決も詳細な事実認定をしており、事実の評価の問題に過ぎないから、請求の証人を取り調べる必要はない。

として、弁護人らの事実関係に関する証人申請を悉く却下し、さらに、被告人本人尋問すら許さず、原審における弁護人の立証手段をすべて奪ったうえで、評価の問題とは全く別異の、そして、被告人らにとって極めて不利益な事実を独断で認定したのである。

このような証拠の採否と事実認定は、被告人ら並びに弁護人らにとって、まさに、「不意打ち」以外の何ものでもなく、憲法第三一条、第三二条及び第三七条に違反することは明らかである。

六 ところで、最高裁第三小法廷は、

第一審判決が、起訴にかかる控訴事実を認めるに足る証拠がないとして、被告人に対し、無罪を言い渡した場合に、控訴裁判所が、右判決は事実を誤認したものとして、これを破棄し、自ら何ら事実の取り調べをすることなく、訴訟記録及び第一審裁判所で、取り調べた証拠のみによって、直ちに被告事件について、犯罪事実の存在を確定し、有罪の判決をすることは、刑訴法第四〇〇条但書の許さないところである(昭和三二年二月一二日、刑集一一-二-九三九)

と判示するところである(なお、同旨の判決として、昭和三一年九月二六日及び同三一年七月一八日各大法廷判決)。

この判決は、不意打禁止の法理を宣明したものであり、デュー・プロセス条項(憲法第三一条)の重要な内容をなすものである。

たしかに、本件の第一審判決は無罪ではない。しかしながら、第一審判決の事実認定は、事実関係について、ほとんど無罪に近い事実を認定したものであり、被告人らにとって、極めて有利な事実を認定したものである。しかるに原判決は、本件について、なんら事実の取り調べをしないまま、突如として、第一審判決の事実とは全く異なる、被告人らにとって、極めて不利な事実を認定したのである。これは、明らかに憲法第三一条、第三七条に違反し、かつ、前記最高裁判例に違反するものである。

七 刑訴法第四〇〇条但書に関する最高裁判例は多い。

これらの裁判例は、一審無罪、二審有罪の場合、一審の刑を二審が重くする場合、一審の認定しない事実を付加して、一審認定と異なる犯罪の事実を二審が認定して処断した場合に大別することができる。

これらの判例は「犯罪事実」の認定についてのものである。本件についていえば、八八六五万円を所得として申告しなかったかどうかが、犯罪事実の骨組みであろう。しかしながら、八八六五万円が所得であるかどうかを認定するためには、この金が、どのような経緯で被告会社に入ったのか、それが、どのように処理されたのか、その処理が、どのような意図によってなされたのか等の諸事実が、証拠により確定されなければならない。一審において傷害致死罪と認定された事案について、二審が、これを殺人罪として処断するためには、兇器がなんであったか、傷害の部位、程度はどうであったか、それ以前における加害者と被害者との関係はどうであったのか等の諸事実を総合して、加害者に殺意があったかどうかの結論に至るのである。

ところで、第二審が、第一審の認定した事実よりも被告人に不利益な事実を認定する場合には、第二審が自ら「事件の核心についての取調」をしなければならない(昭和三四年五月二二日・最二小判決、集一三-五-七七三、昭和四三年一二月一九日・最一小判決、判例時報五四四-九三、昭和四五年一二月二二日・最三小判決、集二四-一三-一八七二、横井大三著、刑訴裁判例ノート(6)三二三ページ以下)こととしたのは、要するに、被告人に弁解と反証の機会を与えるためであり、その根本には、憲法第三一条、第三七条がある。特に、前記昭和四五年一二月二二日の最高裁判決は、第一審が傷害致死とした判決を破棄して未必の故意を認定して殺人罪とした事案について、第二審では、検証をして検証調書を証拠とし、かつ、殺意の存否について被告人本人尋問が行われているにもかかわらず、「実質上、第一審で取り調べた証拠のみに基づき、殺人罪を認定した違法があるとして第二審判決を破棄して、原審に差し戻しているのである(なお、横井、前掲書三二七ページ参照)。

これを本件についてみるに、原審裁判所は、弁護人が申請した証人のうち、情状証人(被告人の妻)一人を採用し、かつ、その立証趣旨を、原判決後の情状のみに制限して証言を許したのみで、そのほかの「事件の核心について」証言するはずの証人の申請をすべて却下したのみならず、被告本人尋問についても、一審判決後の情状についての尋問を許したのみで、八八六五万円に関しては、一切尋問を禁じたまま、第一審判決が認定した被告人に有利な事実とは全く異なる事実、しかも、被告人に極めて不利な事実を認定して本件控訴を棄却したのである。これは明らかに憲法第三一条、第三七条に違反する。

八 原審裁判所は、控訴審裁判所として、弁護人の「控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない」(刑訴法第三九二条第一項)。調査した以上は、その調査結果に基づく判断を判決理由に明示しなければならないことは、いうまでもない(現代法律学全集28、高田卓爾著「刑事訴訟法」四九八ページ)。しかるに、原判決は、弁護人が控訴趣意書に記載した弁護人の主張について、全く判断をしていない。

すなわち、まず第一に、弁護人が、原審裁判所に判断を求めた事項は、第一審裁判所が認定した事実関係に立脚し、そのような事実関係の下においても、なおかつ、本件八八六五万円が被告会社の所得となり、これを申告しなかったことが、法人税法違反になるのかどうかという一点につきる。

しかるに原判決は、右の点について、何らの判断を示していない。

第二に、原審は、事後審である。したがって、第一審裁判所が、同審で取り調べられた全証拠に基づいて認定した事実が正当なものであるかどうかを審査し検証して、その結果を原審判決として判示すべきである。しかるに原判決は、第一審判決の認定した事実のどこがどのように誤っているのか、そして、さらに重要なことであるが、第一審判決の誤りの原因はどこにあるのか、いかなる証拠に基づけば、そのようにいえるのかについて、全く判示することなく、第一審判決が認定した事実とは全く異なる事実を、いきなり認定し、その事実関係を前提として、八八六五万円が被告会社の利得となるから、これを申告しなかったのは、法人税法違反になるとして、本件控訴を棄却したのであった。

原審の事実認定(が重大な事実誤認であることは、これまでにも述べたとおりであるが)を前提とすれば、八八六五万円が被告会社の利得となることは明らかである。検察官も、そのような事実関係が真相であると誤認したからこそ、八八六五万円についても起訴されたのであろう。しかしながら、本件事実関係は、第一審判決が認定したところが真相なのである。この真相の事実関係を前提としても、なおかつ、法人税法違反が成立するとしたところが承服できないとして、弁護人が控訴したのであるから、原審は、事後審裁判所として、まず第一に、第一審裁判所が認定した事実関係を前提として、それでも、なおかつ、法人税法違反が成立する理由を判示すべきであるし、第二に、第一審判決の事実認定と異なる事実関係が真相であると判断されたのであれば、なぜ、第一審判決の認定が誤っているのか、その理由、すなわち、どのような証拠に基づけば、第一審判決の事実認定が誤りであり、原審判決のそれが正当であるのかについて、関係証拠を挙示して遂一判示すべきである。

しかるに原判決は、そのような理由を全く示さないまま、本件控訴を棄却したのである。これでは実質的には、判決とはいえないし、被告人らは裁判(控訴審の裁判)を受けたことにはならない。その意味において、原判決が、憲法第三一条、第三二条に違反することは明らかである。

九 憲法三一条は、適法手続きの原則を宣明し、これを受けて、刑事訴訟法第一条は、刑事手続きの目的と理念とを明らかにしているのであるが、訴訟手続きの根本理念は、被告人の防御権が実質的に制限されてはならないことにこそあるのであって、これに反する訴訟手続きは適法手続きの原則にかなうものではない。

また、刑事手続きにおいて信義則に反する処置が採られれば、これもまた適法手続きの原則にかなうものではない。

これまでに詳述したように、原判決は、前記の仕入値引について、第一審の認定した事実を尊重するかのような言を用いて被告人ら並びに弁護人らを誤信させ、弁護人らに立証の途を断念させたうえで、第一審の認定した事実とは似ても似つかず、しかも、実体的真実に反する事実を摘示して、弁護人らの主張を排斥したのである。

これは、個々の法規に違反する以上に重大な適法手続違反であり、憲法三一条に違反するものである。

一〇 弁護人は、第一審裁判所が、永井ら富士冷機関係者の検面供述の虚偽であることを看破されて、これを証拠から排除し、同人らの第一審の証言被告人及び被告会社関係者の供述・証言に基づき、大筋において真実に近い事実を認定されたことを多とし、その洞察力を高く評価するものである。ただ弁護人らが、第一審の判決を不服として控訴を申し立てた理由は、第一審判決の事実認定を押し進めてゆけば、八八六五万円は、被告会社の利益ではないということに、当然のこととして結論づけられるはずであるのに、第一審判決が、右八八六五万円について、被告会社の経理処理上、アスター商事に対する未収金として計上・処理されているという、ただ、その一点を捉えて、「被告会社としては、相当の利益を得た」ものと認定された点が承服できなかったからである。したがって、弁護人としては、控訴審においては、第一審の判決が認定した事実関係に立脚して、これに税法上の観点からの検討を加えて頂き、右八八六五万円が、税法上からいっても、被告会社の利益ではないことを明らかにして頂くことを願って控訴に及んだのである。

このような弁護人らの意見・願望は、その控訴趣意書に委曲を尽くして開陳したところであるから、原審裁判所においても、十分に御理解頂けたものと思い、この点についてのご判断が頂けるものと確信していたのである。

そこで弁護人は、右八八六五万円の性質をより明らかにするために、富士冷機側にあって、アスター商事問題を直接担当した実務担当者であり、かつ、アスター商事振出・被告会社裏書の八八六五万円の約束手形の授受及びその決済資金についての覚書(後述)を作成した富士冷機社員平山隆一、原靖雄、廣幡忠恒の証人尋問と被告会社側の事務担当者であった入谷昭、柴田一夫の証人尋問及び被告人本人尋問を申請したのであった。

一一 ところが、原審裁判所は、これらの証拠採否に当たり、前記のような言辞により、すなわち、弁護人らの意見・希望を了解しており、残る問題は事実の評価(八八六五万円の税法上の解釈・評価)の問題にすぎないからとの理由により、右証人五名及び被告人に対する事実関係に関する尋問をすべて却下されたのである。弁護人らとしては、原審裁判所が、第一審判決の事実認定を前提として、八八六五万円の税法上の評価についての判断が示されるのであれば、原審裁判所の弁護人申請証拠の採否について、あえて異議を申し立てる必要もないものと判断して、その証拠決定に異議を申し立てなかったのである。しかるに、原判決は、以外にも前記のようなものであった。

一二 原審裁判所が、一件記録を検討された結果、一審判決の事実認定に疑いをもたれ、これとは異なる心証を形成されたのであれば、当然のことながら、第一審で、ほぼ真相に近い証言をした永井隆、古池俊明を証人として再尋問する機会を弁護人に与えるべきである。特に平山、原及び廣幡の三名については、同人らの検面調書(永井、古池のそれと同様に、内容が虚偽の検面調書)が第一審裁判所に証拠として採用されているのであるから、右検面供述の虚偽性を明らかにするとともに、本件の真相を証言させるためにも、同人らに対する反対尋問の機会を弁護人に与えるべきである。

原審が、第一審裁判所の(本件事実関係の真相に近い)事実認定を排斥して、原判示のような事実認定をされたのは、平山、原及び廣幡の検面調書に、永井、古池のそれと同趣旨の供述記載があることが大きな理由となっているように思われる。そして、永井、古池の両名が、第一審において、その検面調書の虚偽であることを認め、真実に近い証言をするに至った経緯に鑑みれば、なおさら、平山ら三名を証人として採用し、弁護人に、これら三名に対する反対尋問の機会を与えるべきであった。しかるに、原審裁判所は、平山らの証人申請を却下して、これらの者に対する弁護人の反対尋問の機会を奪ったうえ、突如として、被告人らにとって、極めて不利な事実を認定したのである。これは明らかに憲法第三七条第二項に違反するものである。

以上のとおり、原判決が、憲法第三一条、第三二条、第三七条第二項及び前記最高裁判例に違反することは明らかであり、破棄をまぬがれないものと確信する次第である。

第二 棚卸資産の評価について

一 原判決は、第一審判決が、被告会社の昭和五六年三月期の期末棚卸につき、中身商品中、資産に計上すべきでない不良品四〇万四八六〇円を、誤って棚卸資産たる滞留品として計上したため、同期末の棚卸資産たる滞留品の総額は一四五二万四七八〇円となるのに、これを一四九二万九六四〇円と認定したことは、この点で、事実を誤認したものであるとしながら、

「しかしながら、仮に、右の部分も含めた滞留品全部の資産性が否定されるべきであって、これを肯定した原判決に所論のような誤りがあるとしても、その総額は一四九二万九六四〇円(実際は右の認定のとおり、四〇万四八六〇円の誤認にすぎない)であって、原判決の認定した、昭和五六年三月期における実際所得金額の僅か三・六三パーセントにすぎないから、その誤認は、判決に影響を及ぼさないというべきものである。」

として、弁護人らの、滞留品は資産性がなく、これを肯定した第一審判決は、事実を誤認したものであるとの主張を排斥し、控訴を棄却した。

二 しかし、原判決が、第一審判決に事実誤認があることを認定しながら、その誤認は、判決に影響を及ぼさないとして、原判決を破棄しなかったことは、刑訴法第三九七条の解釈を誤った違法があり、右の法令違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるのみならず、憲法第三一条に違反するものである。

棚卸資産につき、事実として、その数額につき誤認がある以上、しかも、これが被告会社に不利益な誤認がある以上、その数額が四〇万四八六〇円であって、当該年度の実際所得金額と比して僅少であるとしても、その誤認は、裁判所において確定されるべき犯罪事実、とりもなおさず、構成要件事実そのものを構成する中核事実に関わるものであるから、その誤認がある以上、当然、これを是正した犯罪事実として認定すべき事柄である。右の誤認は、構成要件事実そのものに関するものであり、犯行の動機や態様などの誤認とは、全く性質を異にするものである。昭和五六年三月期の期末棚卸資産の数額は、単に当該期の所得の数額に影響を及ぼすばかりでなく、これは、次期の期首棚卸資産として引きつがれ、次期以降の所得の数額にも影響を与えるものである。

したがって、昭和五六年三月期の期末棚卸資産の数額は、それ自体、当該期の実際所得額に比して僅かであっても、犯罪事実そのものに関わる当該期のみならず、以降の年度所得の計算にも影響を及ぼすものであること、すなわち昭和五六年三月期、昭和五七年三月期、昭和五八年三月期の本件控訴事実三か年間の全ての年度所得全額に影響するものであって、この点からしても、判決に影響を及ぼすこととなることは明らかである。

ちなみに、「「判決」とはかならずしも主文のみをいうのではなく、理由をも併せ考えて犯罪に対する構成要件評価に直接又は間接に関係をもつ限り(事実の認定に変更を及ぼすべき法令の違反もこれに入る。蓋し、それはひいては、これに対する法令の適用に影響を及ぼすこととなるからである)、すべて判決に影響があると解すべきである」とされているところである(刑事訴訟法ポケット注釈全書(9)、八七六頁)。

右の解釈によっても、構成要件事実そのものとして、その数額が異なることとなるのであるから、判決に影響を及ぼさないものであるなどとは、到底言い得ないものである。

四 原審裁判所としては、審理により、右の誤認を認めたのであれば、検察官に訴因変更を促し(原審公判においては、検察官自ら、右の四〇万四八六〇円の計算に不明な点があることを認めているばかりか、証拠調により、その誤りが、不良品の一部を滞留品として誤って計上されたことによるものであることが明らかとなった)、原判決を破棄したうえ、自判することにより、容易に処理し得たところであったのである。刑訴法第三九七条は、同法第三八二条に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄すべき旨を規定しているのであり、原判決は、明らかに同法第三九七条に反するものである。けだし、何人も法律に定める手続きによらなければ、刑罰を科せられない憲法上の保障を受けているところ、原判決は、法律に定められた手続きによらず、被告会社及び被告人に不利益な事実に基づく刑罰を科するものであり、これが著しく正義に反することは明白であり、また憲法第三一条に違反することも明らかである。

第二点 原判決には、次のとおり、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一 八八六五万円の仕入値引について

一 原判決は、弁護人の

「第一審判決は、その判示第三の事実に関し、被告会社が、昭和五八年三月期に、富士冷機から受け取った八八七〇万円の仕入値引につき、これを被告会社の所得と認定したが、右値引は、被告会社が富士冷機傘下のアスター商事を買収するに際し、富士冷機がアスター商事に約束した債務免除を実行する方便として、すなわち、債務免除そのものの実行が、富士冷機にとって、税務上寄付金の支出と認定されることを回避する方策として、専ら富士冷機の経理処理上の都合から為されたものであり、右金員に相当する利益は、富士冷機と被告会社の合意に基づき、アスター商事の富士冷機に対する手形債務の支払に当てられている(これは債務免除をしたのと同一の効果を実現している。)から、被告会社は右値引利益を取得していないので、これを簿外仕入として認容するか、又は値引利益相当額を預り金として認容するか、あるいは被告会社が同期に名目的にせよ、アスター商事宛に計上した販売促進費中の同額部分を経費として認容するかして、被告会社の実際所得から減算すべきであるのに、右仕入値引が、弁護人ら主張のとおりの意図で為されたことを認容したにもかかわらず、これを富士冷機から被告会社に対して供与された値引利益であると認定したが、右認定には採証法則を誤った結果、重大な事実誤認がある。

との控訴趣意に対し、

原審記録を調査して検討するに、被告会社が富士冷機から値引相当分として八八七〇万円の利益を取得した旨認定した原判決の結論は、正当として是認することが出来る。関係各証拠によると、次の事実を認めることが出来、これに反する入谷昭の検察官に対する昭和六一年四月一五日付供述調書(原審記録一五三六丁)及び原審における被告人山崎勇こと尹柱烈(以下単に「被告人」という。)の供述は、他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。」

として、これを排斥し、被告会社が、昭和五八年三月期に、富士冷機から受け取った八八六五万円の仕入値引につき、その発生の経緯、値引利益の帰属主体等について、後記のとおり、認定しているのであるが、これらの事実認定は、採証法則を誤った結果、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認である。以下に順次これを指摘することとする。

二 原判決は、まず、アスター商事の業績等につき、

「富士冷機は、その傘下にあったアスター商事に対し、多額の売掛金債権等を有していたが、同会社の業績が悪化し、右債権を回収することが出来ない状況にあったので、これを手放すべく、被告人と交渉した。」

と説示し、アスター商事が、業績も悪く、債務の支払も不能な経営状態にあったとの認定をしている。

しかるに、原判決は、被告会社がアスター商事をその傘下に取り入れた後の経緯につき、

「その後、被告会社において、アスター商事の資産状態を調査したところ、富士冷機から提示された見積額よりはるかに悪い資産内容であることが判明した。そこで、被告人は、右永井隆(弁注、富士冷機の常務取締役)らと再度交渉した結果、同年(弁注、昭和五六年)一二月八日、同人らとの間で、富士冷機のアスター商事に対する債権の合計額を五億四七〇〇万円とし、そのうちの二億六三〇〇万円については債務を免除し、一億五〇〇〇万円についてはアスター商事から商品の返品を受け、一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出・被告会社裏書の手形の交付を受けて清算する旨の合意が成立したものの、それでもなお、アスター商事に対する八八六五万円余の債権が残ることとなったため、富士冷機は、同五七年三月ころ、アスター商事に対し、右残債権の支払を請求した。」

と説示し、ここではアスター商事に支払能力があることを認定しているのであって、前後二つの認定は脈絡がなく、むしろ矛盾している。

しかも、原判決は、

富士冷機には、アスター商事に対する八八六五万円余の債権が残ることとなった。

というのであるが、その判示に従い、五億四七〇〇万円から、二億六三〇〇万円、一億五〇〇〇万円、一億三四〇〇万円を控除すると、残額は、算術上零円となるのであって、アスター商事に対する債権が残存することは全くなく、右の認定自体が杜撰ないし意味不明といわざるを得ないのである。

三 この点に関して、第一審判決は、

「昭和五六年一二月八日の合意後、富士冷機は、社内での検討の結果、アスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する右同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたことから、富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせたアスター商事とのリベートに関する覚書を作成し、これにより同社に対し、一億二二〇〇万円のリベート支払債務があることとして、右債務とアスター商事に対する前記債権とを同額で相殺処理し、また高橋社長の出捐によって二七〇〇万円の弁済を受け、更に、アスター商事の帳簿に記載されている商品及び簿外商品並びに被告会社からアスター商事に移した商品を適宜金額を定めて帳簿上の返品処理を行ったが、右の方法によっても八八六五万円余の債権が残ることになったため、昭和五七年三月下旬ころ、被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振出・被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振り出して欲しい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引をすることによって実質的に補填する旨申入れるに至った。」

と認定しているが、これこそ正鵠を射たものである。

すなわち、富士冷機には、アスター商事に対する債権など全く残存していなかったのであり、したがって、富士冷機はアスター商事に対して債権の支払請求をすることの出来る立場になく、富士冷機にとっては、ただ、経理処理上、相殺や商品による代物弁済の形式によっても消去しきれないまま残った八八六五万円の形式上の債権(言い替えれば、債権の実体はなく、帳簿上の数字に過ぎないものである。)について、債務免除の扱いを回避して、いかに帳簿上消去処理するかの課題が残っていただけなのである。

しかるに、原判決は、この点につき、更に職権で調査するなり、弁護人に反証を挙げさせるなり(刑事訴訟法三〇八条)することもなく、全く不意打ちに、富士冷機はアスター商事に対し、八八六五万円の債権が残ったので、昭和五七年三月ころ、右債権の支払を請求したと断定しているのであるが、これは、後に詳しく述べるように、重大な事実の誤認である。

四 原判決は、更に、

「富士冷機のアスター商事に対する残債権請求に対し、被告人は、アスター商事を引き受けたことにより多大の損害を被ったとして、逆に富士冷機に対し、同会社と被告会社間における自動販売機の売買に関し仕入代金の値引をするよう執拗に要求した。」

というが、これもまた、第一審の証人調べの結果を無視した独断である。この点については、第一審判決ですら、

「富士冷機は、昭和五七年三月下旬ころ、被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振出・被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振り出して欲しい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引することによって実質的に補填する旨申入れるに至った。」

と認定しているにもかかわらず、原判決は、この点についても、さらに職権で調査するなり弁護人に反証を挙げさせるなり(刑事訴訟法三〇八条)することなく、前記のとおり断定しているが、これも、後に述べるように重大な事実の誤認である。

富士冷機が、富士電機系列会社であって、その後、株式が東京証券取引所第二部に上場され、現在、第一部に上場されている大手メーカーであり、他方、被告会社が、自動販売機の販売のみを業とする中小企業に過ぎないことを考えれば、両者の力関係は自ずと明らかであり、被告人が、富士冷機に対して理由のない要求を突き付けることが出来、富士冷機がこれに応ぜざるを得なかったなどとするのは、およそ社会通念を全く無視したものである。

五 さらに原判決は、

「富士冷機としては、当初、被告人の値引要求に応ずる意思はなく、右残債権を回収するつもりでいたが、被告会社との一年間における取引高が二〇億円ないし二五億もあって、粗利益に換算しただけでも三億ないし三億五〇〇〇万円もの利益を上げることが出来るので、営業担当者らの間では、被告人の右要求に応じた方が得策である旨の意見が強かったため、これに応ずることとした。」

というが、右認定は明らかに間違っている。

なるほど、富士冷機関係者の検察官調書には、右認定に副う供述調書がある。しかし、右供述は、前記の永井らの富士冷機関係者が、富士冷機のアスター商事に対する二億六三〇〇万円の債務免除を、税務当局に知られるのをおそれたが故の虚偽供述である。右供述が虚偽であることは、永井ら富士冷機関係者の第一審における証言調書を一読すれば、立所に判明するはずである(詳細は、のちに述べる)。

本件値引は、第一審判決も認定するように、富士冷機において、八八六五万円の帳簿上の形式的債権を消去するため、これを実質的な債権の回収のように見せかけて消去する経理処理の一環としてなされたものであったのである。

原判決は、富士冷機関係者の真実を秘匿した検察官調書の供述の真偽を検証することもなく、また、永井ら富士冷機関係者の第一審における証言の推移、すなわち、はじめは検察官調書の供述と同旨の証言をしたものの、弁護人から、数々の物証を示された上尋問されたのに対し、検察官調書の供述の矛盾を認め、遂には第一審判決の認定に副う証言をせざるを得なかったという証言の推移と証言内容に目をつむり(原審裁判官は、右証言調書をお読みになった上で目をつむられたのであろうか、むしろ、弁護人らとしては、原審裁判官は、富士冷機関係者の検察官調書のみを読み、これらの者の第一審における証言調書をお読みになっていないのではないかとの危惧の念を抱いたほどである)、右永井ら富士冷機関係者の虚偽と矛盾に満ちた検察官調書の供述を盲信した結果、本件値引が、被告人と富士冷機との単なる取引上の駆け引きによって、被告会社に対する一方的な恩恵として行われたもののごとく認定したことは、重大なる事実誤認と断ぜざるを得ないのである。

なお、一件記録上、富士冷機が、アスター商事に対する経理処理にあたって、帳簿上の残債権につき、これを回収したかのごとき形式を整えることを断念したと言えるような事情はなく、かえって、富士冷機は、実体のある債権を有しないのに、アスター商事に支払手形を発行させ、これを自己が補填する資金で決済させることによって、あたかも帳簿上の債権を回収したのと同一の形式をととのえたのである。

弁護人らは、原判決が、第一審判決の認定したこの間の経緯すら無視し、いかなる証拠に基づいて、このような事実認定をしたのか、全く理解出来ないのである。

六 そこで、原判決の事実認定が、いかに誤っているかについて、永井及び古池の検面調書と第一審における証言を検証することにより明らかにしたい。

(一) 原判決は、本件において、最大の争点とされている八八六五万余円の性格について

「富士冷機のアスター商事に対する債権の合計額を五億四七〇〇万円とし、そのうち二億六三〇〇万円については債務を免除し、一億五〇〇〇万円についてはアスター商事から商品の返品を受け、一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出・被告会社裏書の手形の交付を受けて清算する旨の合意が成立したものの、それでもなおアスター商事に対する八八六五万円余の債権が残ることとなったため………」

と判示する。

右判示が、わが国の控訴審判決とは思われないほど杜撰極まりないことは、判示のとおりに、総債権額から債務免除額などを差し引いてゆくと、残債権は零となるという一事からも明らかであることは、さきに述べたとおりであるが、それはともかくとして、原判決が、重大な事実誤認を犯すに至った原因は、原判決が、第一審において取り調べられた証人の証言を全く無視して、富士冷機関係者の検面調書の供述記載(捜査段階で収集された証拠)を盲信し、これのみによって事実を認定したことにある。

そこで、富士冷機関係者の検面調書の供述記載が、いかに虚偽と矛盾に満ちたものであるかを、以下において検討する。

(二) 永井隆は、本件当時、富士冷機の常務取締役食品機器本部長として、同社の営業の最高責任者であった。したがって、赤字続きのアスター商事問題を、いかに手際よく、また、いかに富士冷機の損失が少なかったように仮装して処理するかは、右永井の同社及びその親会社である富士電機における立場、今後の栄進の可否に重大な影響を及ぼすこととなる。右永井は、そのような立場で、本件アスター商事問題処理の最高責任者として、被告会社すなわち被告人との折衝に当たったのであるが、右永井の昭和六一年四月一四日付検面調書三項(第六丁)には、

(A)「一方、富士冷機のアスター商事に対する債権額は、五億四七〇〇万円(後日五億五二〇〇万円余りと判明)ありましたが、そのうち二億六三〇〇万円は支払いを免除することにし、約一億五〇〇〇万円については、一〇月末現在の商品をアスター商事から返品して貰うことで処理し、残り一億三四〇〇万円については、アスター商事振出、岩電裏書の手形を受取り回収することにしたのです。」

との記載がある。

原判決の前記判示部分は、永井の検面調書の右供述調書の引き写しであることは一読して明らかである。

ところが、永井の同じ右検面調書の次の項である四項(第八丁)には、

(B)「一方、富士冷機のアスター商事に対する債権総額は、五億五二〇〇万円余りありましたが、リベート相殺分一億二二〇〇万円、高橋さん負担分二七〇〇万円、商品返品額一億八一〇〇万円、手形回収分一億三四〇〇万円であり、八八〇〇万円余りの債権が残っておりましたので、これを回収することにして、営業担当の広幡、原の方から、山崎社長の方に請求させたのです。」

との供述記載がある。

これに引き続き永井は、右八八〇〇万円余を被告人に請求したところ、

被告人が、

「アスター商事の損失はもっと大きい、四億一三〇〇万円余りもある、もう一度アスター商事を見直してほしいと主張し、八八〇〇万円の支払いになかなか応じてくれないということでした。

(中略)

しかし、営業担当の広幡、原の方では、山崎社長の方から八八〇〇万円に見合う額を岩電に対して値引きするよう要求され、岩電との取引を継続する為には、その要求を呑まざるを得ないと判断し、値引きに応ずることにしたという報告を受けています(四項、第九丁)。

(中略)

昭和五六年九月期の富士冷機の売上総額は六〇〇億円余りで、そのうち自販機の売上は、三四二億余りですが、岩電に対する売上は二六億五九〇〇万円余りです。

そして岩電との取引の粗利は三、四億円になっていました。」

(四項第九丁裏~第一〇丁表)

との供述記載がある。

(三) そこで、永井検面調書における前記(A)供述と(B)供述を対比すると、富士冷機のアスター商事に対する債権額は同じであるが、右債権額から差し引くべき債権については、(A)供述では

(1) 債務免除 二億六三〇〇万円

(2) 商品の返品 一億五〇〇〇万円

(3) アスター商事の手形(岩電裏書) 一億三四〇〇万円

であるが、(B)供述では、(A)供述の(1)の債務免除が、いつの間にか姿を消してしまい、それに代わって

(1) リベート相殺分 一億二二〇〇万円

(2) 高橋負担分 二七〇〇万円

が突如として登場することになる。そして、商品返品分が(A)供述では一億五〇〇〇万円であったものが、(B)供述ではなぜか、一億八一〇〇万円に増額されている。なぜ(A)供述と(B)供述がこのように違うのかについて、永井検面調書には一言も供述記載がない。

我々弁護人は、第一審公判前に、何回となく永井検面調書を読み返して、(A)供述と(B)供述との相違の理由が奈辺にあるのか、そして、また、一億二二〇〇万円のリベートが、いかなる根拠に基づくリベートであるのかについて考えてみたが、永井調書を読む限りにおいては、遂にその理由を解明することができなかった(このことは、後に述べる古池俊明らの検面調書についても同様である)。

(四) 永井の右検面調書と符節を合わせたような供述を検察官にしているのが、古池俊明の昭和六一年四月九日付検面調書である。古池は本件当時、永井の直属の部下として、富士冷機の食品機器本部営業管理部長をしていたものであり、永井とともに、赤字経営のアスター商事を被告会社に押し付けるべく奔走した人物であり、かつ、公認会計士の資格をもち、富士冷機の経理の責任者でもあった。

古池の右検面調書第七項(二八丁~三〇丁)には、次のような供述記載がある。

(ア)「当時(一二月一日現在)富士冷機は、アスター商事に対して、五億四七〇〇万円の債権を持っていました。

実は、この数字は、五〇〇万円の集計漏れがあり、五億五二〇〇万円と後日訂正しておりますが、この段階では、五億四七〇〇万円と算出しておりました。

そして、このうち二億六三〇〇万円については、富士冷機が債務免除をすることになりました。

(中略)

そして、五億四七〇〇万円と二億六三〇〇万円の差額二億八四〇〇万円については、富士冷機がアスター商事から回収することにしたのです。

そして、その方法として、一〇月末現在のアスター商事の商品を富士冷機に返品して貰うことにしたのです。一〇月末現在の商品有高がはっきりしていませんでしたので、約一億五〇〇〇万円と推定しました。

残り一億三四〇〇万円については、当時私共がアスター商事から受け取っていた四億一七〇〇万円の約束手形を返し、代わりに(中略)約手合計額面金額一億三四〇〇万円の約束手形二二枚を受取ることにしたのです。

これらの内容を二項から四項(弁注、昭和五六年一二月八日付覚書、永井検面調書末尾添付資料5)に記載したものです。」

古池の右検面調書の第九項(三七丁~三九丁)には、永井検面調書の(B)供述と同様に、次の供述記載がある。

(イ)「富士冷機では、アスター商事に対し、五億五二〇〇万円の債権を有していたわけですが、そのうち一億三四〇〇万円は約手で回収し、一億八一〇〇万円は返品を受けることにより回収しました。一方、富士冷機からアスター商事に対して支払うべきリベートは、一億二二〇〇万円ありましたので、それと相殺することによって、同額の債権を回収しました。

この支払リベートが存することは岩電側には話していません。

それから、高橋弘美さんが二七〇〇万円出して損失を負担してくれましたので、その分を富士冷機が受け取り、アスター商事の債権を回収したことにしました。

それから、私共がアスター商事から返品を受けた一億八一〇〇万円の商品を岩電の子会社である日本電業を介してアスター商事に一〇〇〇万円で売ることにより、私共で一億七一〇〇万円の損失を負担すると同時に、アスター商事に同額の益を発生させました。

(中略)

それから、富士冷機のアスター商事に対する債権額を見てみますと、当初の五億五二〇〇万円から手形回収分一億三四〇〇万円、返品分一億八一〇〇万円、リベート相殺分一億二二〇〇万円、高橋さん負担分二七〇〇万円分を差し引いた八八〇〇万円分が残ることになります。

そこで私共では営業担当の広幡忠恒さん、原靖雄さんらがその回収にかかったわけです。

(中略)

原さんらが山崎社長に八八〇〇万円を請求したところ、山崎さんの方では資産ロスを四億一三〇〇万円と算出した資料を見せながら、実質ロスが四億一三〇〇万円もあると主張しているというので、私がそんなに実質ロスがないことなどを山崎社長に説明に行こうかと言ったこともあるのですが、営業サイドの考えとしては、大口取引先である岩電の社長である山崎さんを怒らせても得にないらないということで、値引を岩電に対して行うということで処理したと聞いています。」

(五) このように古池検面調書においても、富士冷機のアスター商事に対する総債権額五億四七〇〇万円(のちに五億五二〇〇万円)から差し引くべきものとして、(ア)供述では

(1) 債務免除 二億六三〇〇万円

(2) 商品の返品 一億五〇〇〇万円

(3) アスター商事の手形(岩電裏書) 一億三四〇〇万円

であったものが、(イ)供述では、(ア)供述の債務免除が姿を消し、それに代わるものとして

(1) リベート相殺分 一億二二〇〇万円

(2) 高橋負担分 二七〇〇万円

(3) 商品の返品 一億八一〇〇万円

が登場することになる。返品商品の価格が(ア)供述と(イ)供述とでは異なっていることも、永井の(A)供述と(B)供述と同様であるが、古池供述で重要なことは、(イ)供述で突如現れた一億二二〇〇万円のリベートとの相殺については、岩電側には話していないという事実である。

この一億二二〇〇万円のリベートとは、のちに第一審公判において、証人として弁護人から追及された永井と古池が証言するように、永井の(A)供述(古池の(ア)供述)の二億六三〇〇万円の債務免除を消し去るために、岩電側には知らせないで、富士冷機だけの経理操作によって作り上げられた架空のリベートであったのである。この真相が、いみじくも古池の(イ)供述中の

この支払いリベートが存在することは、岩電側には話していません

との供述となって表れたのである。富士冷機がアスター商事に対して支払うべき、一億二二〇〇万円もの高額なリベート債務(アスター商事側からすればリベート債権)が仮に存在していたのであれば、アスター商事側がこの債権の存在を知らないはずはなく、また、富士冷機のアスター商事に対する債権総額(五億四七〇〇万円、のちに五億五二〇〇万円)を確定するに当たって、このリベート債務は、当然にアスター商事に対する債権と相殺されるべきものであり、相殺した上で、アスター商事に対する総債権額を確定すべきものである。それにもかかわらず、富士冷機のアスター商事に対する総債権額を確定する際に、一億二二〇〇万円という高額なリベート債務との相殺計算もしないまま、総債権額を確定したとする永井及び古池両名の検面供述、そして、また、もし一億二二〇〇万円のリベート債権があれば、アスター商事(すなわち岩電)側においても、当然、右債権の存在を知っていたはずであるのに、これを知らせないまま、富士冷機側が一方的に相殺計算をしたとする古池の検面供述の奇妙さと矛盾を、原審裁判官は、どのように考えられたのであろうか。

なお、一言付言すれば、アスター商事の在庫商品を、一億八一〇〇万円と評価して、その返品を受けながら、これを、僅か一〇〇〇万円で、日本電業を介してアスター商事に売り戻したということも、まことに奇妙な話である。

永井及び古池の検面供述が虚偽に満ちたものであることは、後に述べるように、右両名の第一審公判における証言調書を一読し、右証言と対比すれば一目瞭然であるが、仮にこれを閲読・対比しなくとも、右両名の検面供述それ自体が矛盾し不自然であり、到底措信し得ないものであることは、右に述べたとおりである。しかるに原判決は、右両名の第一審公判における証言を排斥し、検面供述のみにより本件事実を認定しているのであって、これは明らかに採証法則に反する重大なる事実誤認というべきである。

(六) 永井の第一審公判廷における証言は、富士電機のアスター商事に対する、二億六三〇〇万円の債務免除を肯定しながら(すなわち永井の前記(A)供述の内容を肯定しながら――ただし、これを肯定すると富士冷機のアスター商事に対する八八〇〇万円の残債権は存在しないことになる)、なおかつ、富士冷機の経理処理上、この二億六三〇〇万円の債務免除を消却するために、一億六三〇〇万円のリベート債務の存在や、二七〇〇万円の高橋負担金の存在を仮装したことを否定しようとしたために、その証言の随所に、歯切れの悪い証言や、問に対する答になっていない証言がみられるが、以下に証言の流れに従って、関係部分を摘録する。

1 第二回公判における永井証言

(弁護人の質問・以下同じ)

「この段階では、先程確認させていただいた一二月八日付の第二項(弁注、永井の検面調書末尾添付資料5)の棚上げというのは支払を免除するものだと、こういうことになったわけですね。

はい、それは、私どものほうが、支払を免除というつもりで、もちろん、書いたのか、棚上げと書いたんですか、弁護士さんが、やっぱり、いらっしゃいまして………

山分弁護士さんですか

ええ、弁護士さんが、これは支払免除という意味だなというんで、付け足しをおっしゃったもんですから、それで付け足しになったのです

そうすると二億六三〇〇万円は免除するんだということで、ここで、明確になったわけですか

そうです、棚上げのときもそういうつもりでおりましたんですけれども(以上、証言調書一三二ページ~一三四ページ)

(中略)

リベートというのは、調書の中に出て来るリベートと相殺した分一億二二〇〇万円という話が出てくるんですかね

はい

これは、突然出て来るんですけれども、このリベートというのは

値引処理ですね、アスター商事向けの債権の値引処理です

これは一億二二〇〇万をやったわけですか

はい

これは、リベートというか、値引の契約は、いつしたんでしょうか

ちょっと覚えておりませんけれどもアスター商事にそれだけ引いております

それは、いつごろ値引の契約をしてあるんですか

それは、かなり前じゃないかと思いますけれども、ちょっとはっきり覚えておりません、契約の日取りは(弁注、リベート契約書は、岩電がアスター商事を引き受けてから、約三か月後に、日付を遡らせて作成されたものであることについては後述する)

かなり前というといつごろですか

いや日取りは覚えてません

アスターと取引できたころ

いや、そんな前じゃないです 半年とか一年とか、そういう推定ですけれども

いつごろですか

半年とか一年とか そういう範囲のものだと思います

半年か一年の間にリベート契約、値引の契約をアスターとの間でやってあったと

そうしてやっていきますからね

それで戻したのが一億二二〇〇万円あると、こういうことですね

はい、そうです

そうすると前に値引の契約ができていることは、間違いないんですね

…………(弁注、答なし)

おそらく こういうのは 契約したでしょう、いくら取引あったらいくら値引致しましょうと

ええ、通常していますけれどもね、ちょっと記憶にありませんですけれどもね

今、おっしゃったのは、六か月かなんぼか前だと

ちょっと推定が入っていますけれども 普通やるときは、アスターという会社を私どもが経営に組み入れた、五年も六年も前のものじゃないですよ、という意味です

本件に関しても、その前のやつが、ちゃんとあるんですか

ちょっと それは記憶にないんです

明確にお伺いしたい

明確に記憶ないです 調べてご返事します、もしあれでしたら

ちょっと記憶ありません、契約があったかどうかということはですね

契約ないまま、そうすると、そのときになってリベートを決めて、そこからやっていたんですか

要するに、富士電(原文のママ)機の債務免除の支払の方法として、リベートという形をとったということだと思いますけれどもね ちょっと、正直に言いまして、大すじで私どもの負担する額を、私は山崎社長とうちのスタッフと一緒に取り決めてますけれども、実務的、経理的作業というのは、実務メンバーがやっているもんですから、ちょっと確かめてみないと分からないんです(傍線、弁記)

(証言調書一四五ページ~一五〇ページ)

(中略)

その中(弁注、五億四七〇〇万円の債権のなか)には今言ったリベートの一億二二〇〇万円ですか、そういうものは入っているんですか、入っていないんですか

……………五億何千何百万の中にはリベートは入っていません、リベートを払うんでしたら、それはもうとれることになっていますから。四億何千万になっていますから

あらかじめ分かっていることであれば、はずしておけばいいでしょう、そこがどうなっているんですか

ですから、その計算の中には、リベートは入っていませんね、五億何千万円の中には入っていません、つまり、リベートをご承知のように、値引というのは、あれでしょう、要するに富士電機冷機が債務、そういうものを支払免除する手段として値引という形を事務局がとったということも一つ言えると思います(傍線、弁記)

(中略)

一億二二〇〇万円もの多額なリベートでございますから、かなり多額の商品を買っていたというか、アスターがですね、そういうことになりますね

はい

ですから、一二月初めの段階で、いくらいくらのリベートがあるか、というのは、当然、これは、検討し、計算し、リベート金額を算出していなきゃおかしいんじゃないんでしょうか

はい、それは御説のとおりですが

それがなぜ、五億四七〇〇万の債権額を特定するときに、一億二二〇〇万ものリベートが計算のそ上にのぼらなかったんでしょうか

それは、ちょっと今覚えておりませんけれども、本当に覚えていないんです

いやいや、先程伺ってますと、証人は、都合の悪いところになると記憶がないと言っておられますが、よく思い出していただきたい、これが一〇〇や一〇〇〇の金額ならともかく、一億二二〇〇万という金額ですかね

いや、都合の悪いことだけ私、記憶がないと言ってませんが」

(証言証書一六八ページ~一六九ページ)

2 第四回公判における永井証言

(弁護人の質問、以下同じ)

「そういたしますと、前回ご覧いただきましたリベートの契約は、契約書の日付の当時できたものであると、こういうことでございますね

それは判りません、私自身が契約書を作っておりませんので、契約書が作られたときと、契約が交わされたときとが一致しているかどうか、私は知りません

そこは、前回問題になりましたが確認してきてくださらなかったわけですか

私自身は、その契約書の存在を知りませんでしたので、そのことは知らないんです

(第二回公判期日、証人永井隆速記録末尾添付資料覚書二通を示して)

これをご覧になってどうですか

ええ、これについて、私は、この前、この法廷でこれを見せていただきまして、帰ってから、会社へ行ったんですけれども、会社には控がございました

そこでお尋ねしておりますのは この覚書は昭和五五年一〇月一五日に成立できたことになっておりますが、その日は間違いございませんかとお尋ねしているんです

それは分からないんです

(証言調書二丁表~三丁表)

(中略)

そうすると、一億三四〇〇万の手形(弁注、岩電が裏書したアスター商事振出の手形)と四億一七〇〇万の手形(弁注、アスター商事の富士冷機に対する未決済手形)でもって(弁注、両者を交換して)ツーペーといいますか

いや、ツーペーじゃないですよ

先程の話ですと、それでもっていいんだと、そういうふうにしたとおっしゃったでしょう

いやそうじゃないです ツーペーというのはどういう意味ですか、お互いに両方が同じ価値だという意味でおっしゃっているんですか

一億三四〇〇万をもらえば、四億一七〇〇万はもう債権の取立をしないという意味でさっきおっしゃったんじゃないですか

そういう意味で言いましたが、そのかわり、私どもは二億六〇〇〇万の棚上げの債権もそこに充当しておりますし

それは、これからお尋ねするところでございますが、それと棚上げする あるいは免除する二億六三〇〇万とは、どういう関係にあるんですか

要するに二億六三〇〇万は、富士冷機が負担させていただくと。それから先程の手形を含めた総債権が五億四七〇〇万でございますから五億四七〇〇万から棚上げ、免除した二億六三〇〇万と、商品の引あげの一億五〇〇〇と、それを差し引いた差額が一億三四〇〇万になるんです(弁注、そうであれば、八八〇〇万の残債権は存在しないことになる。)

(証言調書一三丁裏~一四丁裏)

(中略)

それじゃ二億六三〇〇万の棚上げ、あるいは免除といっているのは、どういうふうに処理されたんでしょうか

ですから、そう処理は、五億五二〇〇万に実際膨らんだわけですね。五億四七〇〇万は、契約した時点でお互いにあった債権の確認ということですねその後事務局が展開していくに当たりまして、実際あったのは、五億五二〇〇万であったというふうに聞いているわけですけれども、私はもう実際の実務には当たりませんでしたけれども、私どものほうの事務局の責任者と、岩崎電工さん側は、大体社長がお出になったと聞いておりますが、事務局同士で五億五二〇〇万の債権の組み戻しと二億六三〇〇万の負担という一連の事務手続きをやったということです(弁注、問に答えず)

お尋ねしておりますのは、二億六三〇〇万はどのように処理されたかということだけです

ですから 今、ご返事したような形です(弁注、前同)

どういう?

ですから、二億六三〇〇万は負担申し上げるということを私ども――二億六三〇〇万じゃないんですよ三億九〇〇万に全部でなるんですね、私どもの約束は。

二億六三〇〇万と三〇〇〇万とあと一六〇〇万がありますね。一二月八日の約束は。ですから、私どものほうは、岩崎電工さんの方からちょうだいするものは、その後変化して五〇〇万増えて、五億五二〇〇万になったと。

それから、私どもの方の負担するお金は、三億九〇〇〇万であるという事実を踏まえてリベートをお払いしたり、高橋さんが土地を売ったお金を入れたり、機械を安く、一億八〇〇〇万のものを一億七〇〇〇万で差し上げたり、そういう一連の事務手続をやって、私どものほうの契約を完了させたということです(弁注、一億八〇〇〇万の機械を一億七〇〇〇万で差し上げたというのは間違い。一億八〇〇〇万のアスター商事の機械を返品したことにした上、これを一〇〇〇万で再度岩電側に売り、これにより二億六三〇〇万円の債務免除のうち一億八〇〇〇万を消したのである。それはともかく、この段階に至って永井証人は、ようやく、事の真相に近い証言をするようになった)

(証言調書一六丁表~一七丁裏)

(中略)

二億六三〇〇万円について、どのような実行をなさってその負担をなさったのか、内訳を明細にしていただきたいと思います

それは、リベートの組戻しで、リベートが一億二二〇〇万ですね。高橋さん ご承知のように富士側の負担は、アスター商事の経営者である高橋さんと富士電機冷機が負担することになっておりますから、高橋さんが払われたのが二七〇〇万、商品の返品分、その後一〇〇〇万で買っていただいたんで一億七一〇〇万 この合計額が三億二〇〇〇万となると思いますそれでほぼお約束の三億九〇〇〇万を充当していると(弁注、そのとおりであれば、八八〇〇万の残債権は存在しないことになる)

(証言調書四二丁裏~四三丁裏)

(裁判長からの質問)

弁護人側のほうの主張というのは、いわばリベート相殺分一億二二〇〇万とか、高橋分二七〇〇万とかそういうもの、あるいは、返品分というようなものは、結局、これは、富士冷機の経理処理の、要するに二億六三〇〇万円債務免除をしたんだけれども、債務免除するということになると、それなりの理由がなければ経理処理の上でできないから、だから、それを単に経理処理の上で、こういうふうなものに分けて処理したことによって、どうしても処理しきれない金額が発生した。それが八八〇〇万円ではないか、この八八〇〇万円も、債務免除するというわけには、やっぱり経理上いかないから、だからこの八八〇〇万円を岩電側のほうにリベートとして支払いして、岩電の方で、アスターを経由してまた富士のほうに回収する。こういうふうな形の性質を持った金ではなかったのかこういう疑問を持っているらしんだけれども、そのとおりかどうか、ちょっと分からないけど、裁判所も、そういうふうな疑いも若干持つものだから、その点を聞きたいんだけれどもね。この八八〇〇万円というのは、富士電機冷機側の経理処理上の必要から出てきた金額ではないんですか、債権そのものがあるのではなくて

いえ、債権そのものが、やはり五億五二〇〇万、ございますから(弁注、手形支払分一億三四〇〇万円、商品返品部分一億七一〇〇万円、債務免除分二億六三〇〇万円で、この債権は存在しないことになる)

債権はあると?

はい

その債権は、元々債務免除するべき内容のものであって、その債務免除の一つの方法として、リベートの支払いをするとそういうふうになったんではないのか

そうです、そうですが、債務免除の方法の一部で、リベートを差し上げ それから高橋さんの土地を売ったお金を充当し、いわゆる機械の分として差上げ差額が八八〇〇万残ったということで、債権の回収という感じでございます(弁注、この理論は、二億六三〇〇万の債務免除と全く矛盾する)

(証言調書七三丁表~七五丁表)

(弁護人からの質問)

そうするとあなたの今の推測によると、かねて話はあったが、この前見せられた契約書(弁注、一億二二〇〇万円のリベート契約書)は、事後的に作ったんではないかと思うと、こういう意味ですか

そうだと思います、これは私の推測です」

(証言調書八五丁裏~八六丁表)

(中略)

(七) 次に古池の第一審公判廷における証言のうち、関係部分を摘録する

1 第八回公判における古池証言

(弁護人からの質問)

「ところが、その商品について、実際に、富士電機冷機が返品を受けたという事実はないということになるんですか

物理的に、商品を本当に返品受けたようなことはございません 会計伝票の処理上は、売上取消して、岩崎電工さんへ再売上しておりますので、会計処理上は返品を受けて、また売ったような形になっております物理的に実際に品物を返品してもらったという事実はないようです

(証言調書一五丁裏~一六丁表)

(中略)

この件で、アスターあるいは、岩崎電工側と富士冷機側で交渉していたものがいたとすれば、誰になるんでしょうか

富士冷機側での交渉は、当時の組織からいきますと、特販事業部の部長が広幡だったんです。その下に原が販売促進部の部長といたしまして、岩崎電工さんを直接担当しておりましたので、原か広幡が詳しいんじゃないかなというふうに考えます」(弁注、原審は弁護人が右廣幡及び原の証人申請をしたが、いずれも却下した)

(証言調書二八丁裏~二九丁)

2 第九回公判における古池証言

(弁護人からの質問)

「その後一二月八日の日に、岩電と富士冷機と高橋とアスター間で、株式の譲渡を受ける際に、富士冷機がアスターに対して有している債権をどう処理するかというような取決めがなされるに至ったんですね

はい

その当時としては その債権は五億四七〇〇万円あったということだったわけですね

はい

そのうち二億六三〇〇万を債務免除するという合意が成立したわけですね

はい

債務免除の合意が出来ると、その時点で債権は消滅するわけですね

はい

法律的には

はい

それは、そういうふうに理解してよろしいわけですね

はい

債務免除をして債権が消滅するということを そのまま経理処理に引き移すとどういうことになるんですか

貸し倒れ損失ということになります

一億五〇〇〇万の債権については、同額のアスターの商品の返品を受けるということですね

はい

これは、返品を受けることによって債権の代物弁済を受けるということになるんでしょうか

代物弁済になるかどうかということは、ちょっと、私、法律のことは、よく分かりませんので、返品を受けますと、債権が減りまして

(証言調書三五丁裏~三六丁表)

(中略)

一二月八日の取決めを富士側が債務免除すると、その点は?

こわれました

債務免除をしなくなったんですか

そうです

一億五〇〇〇万返品を受けるという合意もこわれたんですか

あとでこわれました

富士冷機のアスターに対する債権五億四七〇〇万円、これの処理方法については全く白紙になったんですか

白紙ではございません、二億六三〇〇万相当の損を旧株主側で負担するというのは生きているわけですね

こわれたとおっしゃったんじゃないですか

こわれたというのは、債務免除と返品するとかいうことが こわれているわけですね。そういう言葉どおりにやったかどうかということが こわれたんであって、契約の実質的内容は、あくまで二億六三〇〇万、旧株主側が負担するということですから、それは、こわれていないと理解しております

(証言調書四二丁裏~四三丁表)

(中略)

富士冷機の債権総額について どう処理するかという全体的な合意が出来たかという質問です

それは全体的な合意ができた…………。ということは、二億六三〇〇万円から一億二二〇〇万円を引いて、一億四一〇〇万円をどうするかというそういう趣旨と理解してよろしんですね

そういうことも含めて 全体的な合意が出来たのかということです

その時、具体的な、こういう方法でいつやりますというような合意はなかったと思います。二億六三〇〇万円負担しますとか 商品はその時返品しますということで作業を進めておりましたから

そういうことは検察庁の調べの段階でお話しになりましたか

あとで損失負担の方法が変ったということは説明いたしました

調書になっていますか

はい、返品というプロセスを損失負担の方法で使うということで合意したとかいうこととか 返品ということを実際に物理的な返品というのは行っておりませんというようなことですね そういうようなことは、検事さんに御説明しております。ご質問がありましたし…………

あなたの調書は私共二通拝見しているんですが、一二月八日の合意が変更になったというふうなことは一言も触れられておりませんから

たびたび申し上げておりますように 私共 一二月八日付の骨子を、二億六三〇〇万の債務を旧株主側で負担するということが骨子でありまして、それを実行すればそれでいいんだと、その方法についてはあとで変更になってもいいんだという理解の仕方をしておりますんで、ですからそういう意味で、実質的に二億六三〇〇万を負担するという契約は変わっておりませんと、こういう説明をしております

(証言調書四五丁裏~四六丁表)

(中略)

前回、証人の証言では、二億六三〇〇万債権放棄をするという合意をしたんだけれども これは富士冷機にとっても損金算入が認められないということがあったんだという趣旨の話をしておりました

私がご説明申し上げたのは、二億六三〇〇万の内訳が、一億八三〇〇万までは、会計処理として、貸倒れ損失として出すのは正しいだろうと、しかし残りの八〇〇〇万は営業拠点を維持するための販売奨励費的な費用の支出に相当するんじゃないかと、したがって、二億六三〇〇万全部を債権放棄して貸倒れ損失ということで会計処理するということはどうかなという異論が社内にありました

それから一億八三〇〇万の多額の貸倒れ損失を決算書で表示するということは、当社の規模からして銀行等へのはね返えり等でどうかなという議論がありました

それから二億六三〇〇万債権放棄するということについて、事実認定の問題としてトラブルにまき込まれたくないという見方がありましたということは御説明させて頂きましたけれども

今、おっしゃったようなことは、一二月八日の取決めをする時点で分かり切っていることじゃありませんか

分かりませんでした

あなた公認会計士でしょう

でも気がつかなかったのです

(証言調書四七丁裏~四八丁裏)

(中略)

今の裁判長の御質問に関連してですが、アスター側で、そういう税法上の問題が出てくるというのは、あなた事前に考えなかった

事前に気がつかなかったのです

貸倒れ処理するわけですか、これは税法上、社内的にあなたは全く問題ないと思っているわけですか、出来るんですか

出来ると思っています

問題点あるという認識は、社内で打ち合わせして、ありました

どういう点に問題点があるということでしたか

一つには信用不安…………

信用不安というのは、もう少し具体的に

二億六三〇〇万、そのうち一億八三〇〇万、会計上貸倒れ損失になる金額ですね

というのは

九月末のロスが一億二六〇〇万、一〇月の予想損失が二五〇〇万円、一一月の予想損失が三三〇〇万、この金額を合わせたものが一億八三〇〇万になるんですね、これは貸倒れ損失なんですね会計上は、それで二億六三〇〇万円全部を貸倒れ損失とすると二億六三〇〇万全部債務免除しますと、二億六三〇〇万が全部貸倒れになるわけですね それは会計上貸倒れ損失に出すのは、一億八三〇〇万止まりじゃないかという議論があったんです

(証言調書四九丁裏~五〇丁裏)

(中略)

それで、そのあとで、社内的にそういう問題が出て、どういうふうに対処すべきか結論は出ましたか

アスター商事さんから、いっぺんにもらったら困るという話がありまして、それが渡りに船という感じになりまして、両者が利害が一致しまして 一億二二〇〇万円のリベートを取りあえずお出ししようと、そういうことですね

渡りに船なんですか、それともアスターの話も今まで証拠関係出てきていないんですけれども、あなたの話にも あまり出てきていないですね

最初証人に立った時に…………

捜査段階は

捜査段階では その話は御質問がなかったと思います

質問なくても、これは説明を求められたんじゃないんです

ありませんですね

それで、今、そういうふうにおっしゃるから その前提でお聞きするんですが、渡りに船とおっしゃるけれども そもそも富士電機側としては、二億六三〇〇万、そんなに一時にですよ、貸倒れ損失をあれする、そのうちの一億八三〇〇万は会計上当然だとおっしゃるが、一億八三〇〇万にしても、貸倒れ立てられるわけですか

だから……………

立てられましたか

社内で立てられる状況かどうかということですか

立てたか どうか

立ててません

じゃ、会計処理上出来るものをなぜなさらなかったのですか

それは一億八三〇〇万貸倒れを出すということを、なぜやらなかったかということですか

会計上出来るということを なぜ、おやりにならなかったんですか

それは、一つは、会社全体のこういう多額なロスが出たということですね、それが決算処理に出てきますから、もちろん、銀行等に説明するわけですね、これは具合悪いよと、それからアスター商事さんの関係で、一億八三〇〇万もロスが出たということが、社内でこれはまずいなと、アスター商事さんというのは、第一勧業銀行さんの出資を受けておりますので、その関係でこんなにたくさんロスが出るのは具合が悪いなと…………

誰が誰に対して具合が悪いんですか

それは会社として具合が悪いわけですね

対外的信用を失墜する

そうです

社内的に、アスターの担当者である誰かが、会社の株主なり、責任者なりに対して、代表者なりに対して具合が悪いということはお考えにならなかったのですか

それも考えました

ちょっと具体的に言って下さい、誰が誰に対して

それは、共同で仕事やっておりますから

責任者は誰ですか

…………………

アスターのそういう経営についての会社内部における責任者は どなたですか

会社全体の社長クラスの問題ですね

社長が会社の代表者として責任をもつということは、当然ですが、その時のあなたの会社の具体的な責任者は誰ですか

トップですね

社長さん

はい

その次は

永井ですね。私も含めまして

永井さんや あなたが 社内で誰に対して具体が悪いんですか

社内といっても会社全体の問題ですから、具合悪いというふんいきがありましたね

具合が悪いというのは もう少し具体的に言ってください

お宅の会社のことは、われわれ分からないんですから

……………

(裁判長)

親会社の富士電機との関係ではどうですか

それも ちょっとまずかったです

(弁護人)

今おっしゃることを要約しますと、今まであなたは、証言では、債務免除あるいは債権放棄、どちらの言葉を使うにしろ、これを富士冷機側ではっきりとそういう経理処理をして公表に載せるということは、まず社内的にもその責任者である永井さんやあなた方は、どうもこれはまずいと、それから対外的にも決算書に公表に載っちゃうことになるそうすると、何してるということになる、それから第一勧業銀行にもどうも格好が悪いと、だから、これはとてもじゃないがこれは貸倒れ処理が出来ないと、更に税法上の問題もあるでしょう

はい」

(証言調書五〇丁裏~五三丁裏)

(八) これまでに摘録した永井及び古池の第一審公判における証言により明らかなように、本件八八〇〇万円は、富士冷機のアスター商事に対する残債権ではない。富士冷機が、それまで同社の子会社であった赤字経営のアスター商事を被告会社(被告人)に抱かせるに当り、富士冷機がアスター商事に対して有していた総債権五億四七〇〇万(後に五億五二〇〇万円となる)について

二億六三〇〇万円については債務免除

一億五〇〇〇万円については商品の返品

一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出し、被告会社裏書による約束手形の支払い

により、富士冷機とアスター商事間の債権債務を清算したものとして、アスター商事を被告会社に抱かせたのであった。右の清算図式が永井検面調書の(A)供述であり、古池検面調書の(ア)供述である。

ところが、その後、前記二億六三〇〇万円の債務免除について経理処理をしようとしたところ、これを貸倒れ損失として経理処理をしたのでは、富士冷機の社内はもとより(取引銀行である第一勧業銀行や親会社である富士電機等の)社外との関係、さらには、税務署との関係上、具合が悪いので右二億六三〇〇万円を、経理処理上、あたかも回収したもののように仮装する必要に迫られることになった。そこで、富士冷機とアスター商事との間には、リベート契約など存在しなかったのに、あたかも、これが存在したものの如く、作成日付を遡らせたリベート契約書を作成して、富士冷機がアスター商事に支払わねばならないリベート債務が一億二二〇〇万円存在するもののように仮装して、同額について、前記債権と相殺したことにし、さらにアスター商事の旧株主である高橋が土地を売った金二七〇〇万円を、富士冷機に提供したが、これをアスター商事から回収したこととし、さらにアスター商事からの返品商品の評価を一億五〇〇〇万円から一億八一〇〇万円に過大評価するなどして、二億六三〇〇万円の債務免除を消去していったが、どうしても八八〇〇万円を消去しきれなくなった。すなわち、富士冷機のアスター商事に対する総債権額五億五二〇〇万円のうち、回収できたか、あるいは、回収したものの如く仮装した上での収支決算は、

アスター商事振出、被告会社裏書の約束手形により 一億三四〇〇万円

商品の返品により 一億八一〇〇万円(仮装)

リベートと相殺により 一億二二〇〇万円(仮装)

高橋支払分により 二七〇〇万円(仮装)

合計 四億六四〇〇万円

となり、不足額が八八〇〇万円となる。

これが永井検面調書の(B)供述であり、古池検面調書の(イ)供述となるのである。

(九) 以上の事実が、第一審裁判所が二年の歳月をかけ、被告会社の財務担当常務であった入谷、柴田のほか、富士冷機の永井、古池らを証人として尋問した結果、究明された真相である。

入谷及び柴田は、被告会社(被告人)側の証人であり、右証言どおりの証言をしたことは、言うまでもないが、永井と古池は、いわば敵性証人である。その永井と古池が、弁護人の追及により、やっと、真相に近い事実を証言するに至ったのである。ところが、原判決は、これらの証言を全く無視し、捜査段階において収集された関係者の検面調書のみによって、誤った事実を認定したのである。検察官による捜査終結時点の証拠のみによって事実を認定するのでは、裁判はなきに等しい。もし、原審裁判官が、第一審において取り調べられた入谷ら被告会社側の証人や、永井ら富士冷機側の証人の証言を信用できないというのであれば、これらの証言が、なぜ信用できないのか、その理由を明示すべきである。その理由も明示しないで、原判決の判示する事実を認定したのは、原審の裁判官の独断であり、切捨御免の判決といわざるを得ない。

七 前項で述べたところにより、原判決が重大な事実誤認をしていることが明らかになったと思うが、さらに続いて、原判決の事実誤認を指摘する。原判決は、その後の経緯につき、

アスター商事は、被告会社が富士冷機から受けた値引分を手形の決済資金に充てるべく、これをアスター商事に対する再値引分として回してもらうつもりでいたので、被告会社との間でその旨の交渉をしたところ、右値引は被告会社に対するものであって、アスター商事に対するものではない上、被告会社とアスター商事との取引高が少なく、値引処理の方法で処理することは困難であるとの結論に達した。

といい、これに続けて、

そのため、アスター商事としては、当初の目論見を実現することが出来ず、加えて、その当時の業績が営業資金の支払いにも窮するほど逼迫していて、富士冷機に宛てて振り出した右手形を決済することが出来ない状況であったので、そのままでは不渡りを出さざるを得なかった。さりとて、右手形を不渡りにすることも出来ないので、被告会社は、結局、アスター商事に対し、手形決済資金を貸し付けるとともに、右値引分を富士冷機から購入した機械の代金から減額して仕入を計上した。

という。しかしながら、前段において、

「右値引は被告会社に対するものであって、アスター商事に対するものではない」とすることについては、なぜそのように言えるのかについて、全く合理的な理由づけもなく、値引の当事者が被告会社と富士冷機であるとの形式面のみをとらえて、機械的に断定しているとしか思えない。なるほど、永井、古池、原、廣幡ら富士冷機関係者の検面調書には、右認定にそう供述記載がないわけではない。しかしながら、永井らの検面供述が虚偽であることについては、前項において詳しく検証したところから明らかであり、八八六五万円が、富士冷機のアスター商事に対する同額の債権を回収したごとく仮装するために、同社の約束手形の交付を受け、同社に右手形の決済をさせたのであれば、その穴埋めの八八六五万円が、同社に支払われるべきものであることは自明の理である。それにもかかわらず、原判決が、右のように認定するのであれば、永井及び古池の証言はもとより、入谷、柴田らの第一審における証言が措信出来ない理由を明らかにすべきである。いずれにしろ、原判決の右認定は充分に審理が尽くされないままの盲断というほかはない。

八 この値引に関する経緯については、富士冷機食品機器特販事業部長であった廣幡忠恒、及び同部次長であった原靖雄の両名作成にかかる昭和五七年三月二〇日付念書(証人尋問等に使用する資料一覧表24)の記載を検討することにより明らかとなる。すなわち、この値引は、アスター商事振出しの約束手形の決済資金を捻出するための手段であり、値引の形式は、被告会社に対するものであっても、その実質は、これによる利益をアスター商事に帰属させるための手段であった。このことは、以下に述べるところからも明らかである。

(一) 右念書の記載は、手形の受取確認・手形金額の返済約束とその返済方法を明示しているのであって、これを見れば、当時の富士冷機関係者が、このアスター商事振出しにかかる約束手形の決済を、富士冷機の資金で行うこと、この決済資金の提供方法として、被告会社との間の取引の中で、値引という方法を用いることを考えていたことが明らかである。

原判決が言うように、この値引が、アスター商事振出しの約束手形と無関係であり、単に被告人の理由のない執拗な要求に屈して、被告会社宛になされたものであるならば、富士冷機関係者は、ただ、被告会社に値引の実行のみを約束をすれば足りるのであって、アスター商事振出しの約束手形と関連づけた約束をする必要は全くないから、社会常識からいっても、前記のような念書の記載になる訳はないのである。

(二) ところで、前記の両名作成にかかる昭和五七年三月二〇日付念書には、

3 昭和五七年三月二〇日、日本電業株式会社振出しの約束手形二通合計金額一〇一九万七四八四円也を受け取りました。

4 上記手形の各々の期日に記載金額を返金致します。

その方法は期日に合わせ機械代の値引処理を致します。

との記載がある。

この記載は、本件値引の意図と値引利益の帰属主体を判断するにあたって、重大な意味をもつものであり、弁護人らは原審において、右廣幡及び原を証人として尋問し、この点に関する立証を尽くす所存でいたのであるが、原判決は、右両名の証人申請を却下して、その途を閉ざすとともに、敢えてこの記載の意味を検証することもなく、漫然と前記のように誤った認定をしているので、その非である理由を以下に指摘する。

右文書中のこれらの記載は、これに先立つ

1 昭和五七年三月二〇日、アスター商事株式会社振出しの約束手形一二通合計金額八八六五万七〇二七円也を受取りました。

2 上記手形の各々の期日に記載金額を返金致します。

その方法は期日に合わせ機械代の値引処理を致します。

との記載と対比すれば、両者が、ただ、会社名、通数、金額が違うだけで、その余は、全く同一の記載となっていることが明らかであり、したがって、その意味、内容が同一であることも、また明らかである。

したがって、右念書中の3・4の記載が、いかなる経緯により、いかなる事務処理を目的としたものであったかが、右念書中の1・2の記載の趣旨を解釈する指針となり、結局、本件値引処理の性格を判断するのに重要な事柄であるので、右の3・4の記載に関連する事実関係を明らかにする。その事実関係は、大要、以下のとおりのものであった。

(三) 富士冷機は、第一審判決が認定したように、アスター商事に対する債権を、種々の方法で帳簿上消却したが、そのうちの一つの方法が、アスター商事の帳簿上並びに簿外の商品の返品を受けるというものであった。

富士冷機は、アスター商事の帳簿上並びに簿外の商品を、適宜、金額を定めて帳簿上の返品処理をし、この方法で一億八〇〇〇万円の債権を回収したことにして、これを消却したが、そのままでは、富士冷機の帳簿上に同金額の商品が資産として残ることになるので、これを売却処分したことにするべく、昭和五七年二、三月ころ、被告会社の実務担当者であった廣幡及び原、さらには被告人に対して

帳簿上の返品処理をした商品を、被告会社の傘下の日本電業株式会社(以下、単に「日本電業」という)で買い取ったことにして欲しい。

代金を一〇〇〇万円ほどとするから、この金額の約束手形を振り出して欲しい。

この手形の決済資金は、もちろん富士冷機が負担するし、資金の提供は、被告会社に対する値引処理によって行うから、協力して欲しい。

旨の申し入れをしてきたのである。この経緯は、前項に摘録した古池の証言からも認められるところである。

このような処理は、富士冷機の経理処理の都合上必要になっただけで、被告会社及び日本電業のあずかり知らぬことであったが、被告人は、被告会社及び日本電業に何ら経済的な負担を生じさせることではなかったので、この富士冷機の帳簿上の経理処理に協力することにしたのである。

このような訳で、右の代金額についても、富士冷機が、自己の都合(値引処理しうる限度)に合わせて適当に設定したに過ぎず、被告会社あるいは日本電業の意向など考慮されたことはなかったのである。因みに、具体的な金額の数字である金一〇一九万七四八四円は、弁護人提出にかかる

証人尋問等に使用する資料一覧表中の二三番の文書

(富士冷機社員の作成にかかる昭和五七年三月一五日付文書)

にはじめて表れたものであった。

そして、前記念書の記載の日に、富士冷機の指示した額面金額の日本電業振出・被告会社裏書にかかる約束手形二通が、富士冷機社員に手交され、富士冷機は、これら二通の約束手形の決済資金を間違いなく負担し、供与することを誓約した前記の念書を作成し、交付したのである。

(四) その後、日本電業は、この際に作成交付した約束手形二通を、各支払期日に決済したが、この決済資金は、前記念書による約束に基づき、富士冷機が、被告会社に対して実行した値引相当分の金員を、被告会社が日本電業に対し、販売促進費の名目で支払うという方法によって、日本電業に提供された。

富士冷機は、本来なら、直接、日本電業に対して、手形決済資金を供与すればよかったのである(アスター商事の場合も同様だったのである)。

しかしながら、富士冷機は、日本電業と何らの取引関係もなかったために、そのようなことをすることが出来なかったので、取引関係のある被告会社を中間に絡ませるという方法を取るより他に方法がなかったのである。被告会社は、富士冷機がアスター商事に対する不良債権を回収したかのように仮装する外形をととのえるために、利用されただけだったのである。

すなわち、被告会社は、富士冷機が、直接、日本電業に対して、手形決済資金を提供することが出来なかったために、この資金を被告会社に値引利益という名目で移転し、さらに、これを被告会社から、日本電業に移転するために、形式的に利用されたに過ぎないのであって、被告会社にとっては、右値引利益は、自己の利益でも何でもなく、右値引が、真実の値引ではかったことは極めて明白である。

九 翻って、前記八八六五万円の値引処理は、富士冷機が、右に述べたように、日本電業と被告会社を絡ませて、約一〇〇〇万円余の帳簿上の商品を売却したかのように装ったのと全く軌を一にしたものである。日本電業の場合には、同社と被告会社との間に、相当額の取引があったので、被告会社から日本電業に手形決済資金を還流させる方法として、販売促進費の支払いという方法によるとができたが、アスター商事の場合には、同社と被告会社との間に、八八六五万円の販売促進費を支払ってもおかしくないほどの取引がなかったために、取敢えず、アスター商事勘定による処理をせざるを得なかった点が異なるのみである。このことからも明らかなように、八八六五万円の値引は、被告会社に対する真実の値引では断じてなく、値引利益が被告会社に帰属するような性格のものではなかったのである。

つまり、富士冷機は、アスター商事との直接の取引関係がなくなっていたため、同社との間で何らかの便法を用いて、同社に八八六五万円の手形決済資金を直接供与することができなかったので、取引関係のある被告会社を利用し、アスター商事振出しにかかる前記手形の決済資金を、被告会社に対する値引利益という名目で一旦被告会社に移転した(さらに言えば、被告会社が、この利益をしかるべき方法でアスター商事に移転し、右手形の決済資金に充当してくれること(右手形を落としてくれること)を条件に、取敢えず被告会社に右利益を移転した)に過ぎず、被告会社に対する値引は、その値引利益が被告会社に帰属するものでは全くなかったのである。

一〇 しかるに、前記念書を交わした直後ころから、被告会社とアスター商事との取引が激減し、八八六五万円を、アスター商事に対する値引あるいは販売促進費の支払等、適宣の方法で移転できなくなったために、やむなくアスター商事勘定として処理せざるを得なかったのである。

さらに加えて、右の日本電業の場合と対比すれば、被告会社がアスター商事に対して手形決済資金を還流させている以上、被告会社が、後日、名目的に計上した販売促進費約一億九四〇〇万円の同額部分(八八六五万円)を、日本電業の場合と同様に、手形決済資金還流のための本来の経費処理として、認容することも、決して不自然ではないことが明白になるのであって、原判決の事実誤認は極めて重大なものである。

原判決は、このような重要な証拠を看過し、充分な審理を尽くさないままに、本件値引が被告会社に対するものであるなどと安易に断定し、重大な事実誤認を冒しているのである。

一一 原判決も、また、第一審判決も、弁護人らの主張を排斥する唯一の根拠として、被告会社が、前記八八六五万余円の値引処理に相当する金員を、アスター商事に対して貸付けたものであり、現に、同金員は、資産性を有する未収金勘定に計上されていることがその証左であるとする。

しかし、これも外形のみにとらわれた皮相な事実判断であり、審理不尽といわざるを得ないのである。

前記約一〇〇〇万余円の帳簿上の商品の売却の仮装の場合には、これに利用された日本電業が業績も順調であり、被告会社と相当額の取引をしていたので、被告会社は、富士冷機から値引利益という方法、名目で、被告会社に提供された日本電業の手形決済資金を、日本電業に対して、販売促進費の支払いという名目で移転することができたのである。

しかしながら、前記のように、富士冷機の帳簿上に残存することとなってしまったに過ぎない形式的な債権額である八八六五万円の処理にあたっては、被告会社も、また、富士冷機も、帳簿上の処理と同様に、手形決済資金を被告会社からアスター商事に何らかの経費の支払いの方法で移転することを意図していたものの、日本電業とは異なって、アスター商事は、その業績が営業資金の支払いにも窮するほどに逼迫しており、被告会社との取引も、昭和五七年四月から同年九月までの間で約一億円しかなく、同年九月以降は、営業を継続することすら出来ずに休眠状態に至るという状態にあったため、被告会社は、富士冷機からアスター商事に供与される八八六五万円の値引利益を、通常の取引の過程で行われる値引等の経費科目による支払いによっては、アスター商事に対して移転することが出来なくなってしまったに過ぎないのである。

一二 右の二つの処理は、その意図するところが同一であったにもかかわらず、日本電業とアスター商事の営業状態に格段の差異があったために、富士冷機の提供する手形決済資金を、一方では手形の期日に合わせた経費(販売促進費)支払いという名目で移転することが出来、他方では、これが出来なかったということだけだったのである。

それでも、約束手形の決済資金を移転しなければならなかったので、被告会社は、富士冷機に対するこの義務を履行したが、経理処理の方法がなく、結果として、アスター商事勘定、ひいては未収金科目に計上せざるを得なくなってしまっただけの、形式的な経理処理に過ぎないものであり、回収を予測した実質的な未収金などでは断じてなく、まして、被告会社が、同金員をアスター商事に貸付けたなどというのは、証拠に基づかない、真実に反した独断である。

一三 アスター商事は、被告会社の傘下に移った当初から、営業資金にもこと欠く状態で、全くの経営危機にあり、現に、被告会社は、アスター商事を買収した当初である昭和五六年一二月から同五七年三月末までの間に、同社に対して、概算で約二億三〇〇〇万円余に上る営業資金の援助を、種々の方法でしていたのである。

被告会社にとっては傘下企業であるといっても、右に述べたような営業状態であり、どのように考慮しても、返済能力など認められない企業に、営業資金の援助とは別に、八八六五万円という巨額の金員を貸付けるなどということは、社会通念に照らしても考えられないことである。

弁護人らは、原審が、このような社会通念、社会常識、経験則に照らせば一見明瞭な事実を、なぜ誤認されたのか、理解に苦しむところである。

さらに一言付言すれば、被告会社の実務担当者である入谷、柴田らは、現に、昭和五七年四月、五月と順次、アスター商事に対する値引処理を実行したものの、これが、前記のように、同社との取引高との関係で不自然なものでしかないので、やむなくこれを中止し、富士冷機の実務担当者に対して、この手形決済資金を、富士冷機からアスター商事に供与するための別異の方法がないかどうかを検討してくれるように申入れまでしているのである(第一審における入谷、柴田の証言)。

被告会社が、仕入値引による利益が自己のものであり、アスター商事に対する手形決済資金の提供が、同社に対する貸付であると考えていたならば、このような検討をする筈もなく、また、富士冷機の実務担当者に検討を要請する筈もないのであって、原判決は、このような諸事情を全く看過したか、あるいは、これらの重要な事実を検討・評価することなく、あえて無視するかして、重大な事実誤認をしているといわざるを得ないのである。

以上のとおりであって、原判決は、富士冷機社員らの検察官に対する虚偽な供述と、被告会社の経理処理の形式面にとらわれて、本件の実体を見誤った判断をしているといわねばならない。

その判断は、縷々、指摘したように、重大な事実をことごとく看過している上、一般的な社会常識からさえ遊離し、重大な事実誤認を冒しているのであるから、本件については、原判決を破棄して原審に差戻し、原審において、さらに審理を尽くすべきであると確信するものである。

第二 棚卸資産の評価について

一 原判決が、被告会社の昭和五六年三月期における実際所得額につき、棚卸資産である清涼飲料水たる中味商品について、一四五二万四七八〇円の滞留品が存するとし、この滞留品は資産性を有するものと認定しているが、右は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

二 すなわち、同期の棚卸資産である中味商品中、滞留品とされる物について、被告会社及び被告人は、

右の滞留品は商品価値を有しないものであるから、法人税法第三三条二項、同法施行令第六八条一号により、災害により著しく損傷したか、又は著しく陳腐化したものとして扱うべきであり、しかも、一四九二万円余の滞留品が存したことを認めるに足りる証拠も存しないのに、これらの点を看過して、一四九二万円余の滞留品が存し、その滞留品は資産性を有するものと認定した第一審判決は事実を誤認したものであって、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

と主張したことに対し、原判決は、一四九二万円余の滞留品中、四〇万四八六〇円相当分は、不良品と計上すべきものとして、これを控除すべきであるとしたものの、

第一審判決は、所論指摘の事実を認定した証拠として、原審第一回公判調書中の被告人の供述部分(被告人は、原審第一回公判期日において、被告事件に対する陳述として、「大体その通り間違いありませんが、アスター商事(富士電機冷機)の関係については、よくお調べ頂きたい事情がありますのでよろしくお願いします」と述べている)、被告人の検察官に対する昭和六一年四月九日付供述調書(原審記録二七一一丁)、大蔵事務官大水孝幸作成の期末商品たな卸高調査書(同九丁この調書は、いずれも当審で取り調べた被告会社作成の「昭和56年3月31日棚卸表」及び「在庫表参考資料(56・3・31)」に基いづて作成されたものである)、室中勲の検察官に対する昭和六一年四月一一日付供述調書(同五一五丁)を挙示しており、そして、右の各証拠によると、税務調査の結果、被告会社が昭和五六年三月期末において、一四九二万九六四〇円相当の滞留品を有していることが判明したので、税務当局では、これを被告会社の同期末における棚卸資産に含めて計上し、その上で同期の実際所得額を算出していることが認められ、原審もこれをそのまま是認したことが窺える。

もっとも、この点につき、被告人は、原審及び当審において、右滞留品は不良品と同様に資産価値を有しない商品である旨、縷々所論に副う供述をしている。しかしながら、関係各証拠によると、被告会社では、中味商品につき、メーカーから仕入れてユーザーに届けたままの状態で流通に乗せることが出来る「流れ品」、検品しておけば、その都度メーカーに返品ないし交換することが出来るが、日時の経過等により返品等が出来なくなり、あるいは倉庫の奥の方に仕舞い込んで置いたため、販売しないまま日時が経過した商品である「滞留品」、全く販売価値がないので廃棄する以外に方法の存しない「不良品」とにそれぞれ区別して取扱っていること、そのいずれに該当するかは、被告会社の作成したマニュアルに従い、現地の営業所が判断していること、決算期において、期末棚卸表や在庫表参照資料等を作成していることが認められるのであって、これに反する被告人の右供述は、にわかに措信出来ない。右のように、被告会社では、滞留品を全く資産価値のない不良品とは区別して扱っていることに徴し、滞留品の資産性を肯定することが出来、これを否定すべきいわれはないので、滞留品の資産性を肯定した原判決の結論には誤りがないというべきである。

として、被告人らの主張を排斥したところである。

三 しかし、原判決の右の認定は、あまりにも証拠を皮相的に評価したものでしかなく、その実体に目を覆うものであって事実を誤認したものであることは明らかである。

(一) 先ずもって、裁判所に再度理解を求めたいところは、自販機による中味商品販売の実体である。この点については、被告人が第一審第一六回(昭和六三年一月二六日)の本人質問(三二丁~六二丁)及び原審における供述において詳細に説明しているところであるが、その説明によれば、昭和五六年三月当時、清涼飲料水たる中味商品販売の実体は、以下のようなものであった。

1 一四〇種類もの、多数の自販機用の缶飲料製品が市場に出されるものの、そのうち販売しうるものは、せいぜい一二種類位しかない。

他方、いかなる新製品が売れるものであるかの判断も困難であることから、新製品が開発されると、従来の取引の関係上、これを仕入れて現場で販売させることとならざるを得ず、しかも、売れるものは限られていることから、売れ残り商品は増える傾向にあった。

現場の営業所では、売れる商品を先に庫出しして販売するため、売れない商品は倉庫の奥に置かれ、売れない商品は、ますます残って、徒らに日時を経過することとなる。缶自体に傷がついたり、五三〇本入りの缶を入れたダンボールのケースが汚れたときも、最早販売することが出来なくなる。また、缶飲料の製造年月日が消費者から重視されるようになり、昭和五五年頃からは、これが判り易く缶に表示されるようになったことから、製造日から日時の経過したものは、中身が清涼飲料水であるだけに、それだけで販売が不可能となった。

現に、当時の製造技術水準からして、中身の清涼飲料水は、日時が経過すると、内容物が分離したり、炭酸ガスが抜けたりし、品質上の問題が生じて、これが社会問題にまで発展していたし、殊に、昭和五五年は冷夏に見舞われ、缶飲料の売れ行きが悪く、このためにも、昭和五六年三月の決算期には、大量の、しかも日時を経過して、最早販売し得ない在庫を多数抱える事態となっていたのである。

2 このことは、原審において検察官が提出した、前記の「昭和五六年三月三一日棚卸表」によっても、例えば、日電のミルクティー、雪印のブラック、遠藤のおしるこ(これらはいずれも清涼飲料水とされている)の例にみられるように、滞留品の量の多いものは、不良品としても多く計上されていることからも十分窺うことができるのである。

3 このように、缶やケースに傷や汚れが生じたり、日時が経過したため、最早販売に耐えず、あるいは販売したとしても返品されることが明らかなものについて、被告人は「滞留品」と認識していたのであるが(もっとも被告人は、別に、「不良品」は完全に売り物ではなく、廃棄処分せざるを得ないもので、「滞留品」は、ある程度期日が切れてしまっており、もう販売ができない商品であるという意味ではないかと思いますれど(前記本人質問四一丁表)とも説明しているが、右の表現及び説明からすると、被告人としては、「完全に売り物ではないもの」及び前記の理由により、日時を経過して、最早販売し得ないものを「不良品」あるいは「滞留品」と呼んで、いずれにせよ、双方とも商品価値のないものと理解していたというのが実体であった)、この「滞留品」も、最早商品価値のない在庫と理解していたし、また、そのような実体にあったのである。

4 以上供述したような、販売し得ない在庫商品の存在と、これらの在庫商品が商品価値のないことについては、被告人が各営業所を視察して、直接、販売し得ない不良在庫(デッドストック)を目撃したり、一部の営業所で行った監査結果等により、被告人としては、概ね在庫の約三割程度は販売し得ないもの、すなわち、「滞留品」であるものと理解していたのであるが、他方、営業所等の現場においては、売れ残ったものの扱いに困り、現実には、最早販売し得ず、商品価値がないものについても、その評価については、「流れ品」とほぼ同様の数値を付して、本社に対して報告していたのである。

この評価については、当時、被告会社の経理部長であった室中が、在庫については二年間の保有期間がある、との全く根拠のない誤った理解を持っていたことから、営業所からの、現実に販売し得ない中味商品の処理、評価についての問い合わせに対し、室中は、右の誤った理解から、現場に対し、二年間は保有すべきであり、その間は、仕入価格をもって簿価とすべきであるとの誤った指導を行っていたことが推認できるところである。しかし、右の中味商品についての二年間の保有期間なるものは、法的根拠が全くないばかりか(右室中が、二年間の保有期間を述べるのは、原審第一一回、昭和六二年六月一六日の同人の証言、五〇丁表のみであるが、ここで室中の証言する二年間というのは、中味商品ではなく、自販機の機械について述べられたものである可能性が強く、したがって、室中自身も中味商品の保有期間として「二年間」と述べたものではないと考えられる)、およそ缶飲料を二年間も保有しておれば、前記のように、中身の成分が分離したり、炭酸ガスが抜けるなどし、およそ販売し得ないものであることは明らかである。

また、室中は、前記の証言の中で、滞留品でも「売れれば」流れ品と同じ評価となる旨証言するが、右は、仮定的な内容であるし、「滞留品」は、現実には、被告人の強調するように、最早売れないものであったことから、右の証言によって、「滞留品」が「流れ品」と同一価値を有するものとは認定し得ず、他方、「滞留品」が販売に耐えるものであるとか、これを販売していたとの点に関する証拠はない。

こうした現場の取扱い、あるいは、経理部長であった室中の誤った指導から、昭和五六年三月期の在庫は、中身商品も含め、実体とは大きく遊離し、総額では、約四億一二〇〇万円にものぼったのである。

(二) こうした実情にあったため、被告人は、昭和五六年三月期の決算にあたり、前記室中に対し、その持参した被告会社の決算資料のうち、在庫について、この中には、現実には販売し得ない、換言すれば、商品価値のないデッドストックが多分に混在しており、結果として粉飾されたものであることを指摘し、実体に即した在庫数値に改めるよう指示したのである。こうした被告人の指示は、少なくとも中身商品中、被告人が「不良品」とも呼んでいた、いずれにせよ販売に耐え得ない商品については、被告人は、正直商品価値のないものであって、当然資産から除去されるべきものと理解していたからである。

したがって、「滞留品」たる商品については、被告人としては、在庫を架空圧縮するなどとの認識は全く持っていなかったところであるし、このことは、前記の実体からして十二分に理解しうるところである。

(三) 原判決は、前記の「在庫表参考資料」には「不良品」、「滞留品」、「流れ品」の三種類の区別がなされ、そのいずれに該当するかは、マニュアルに従い、現地の営業所が判断していること、被告会社では、「滞留品」と全く資産価値のない不良品とは区別し、「流れ品」と同様の評価がなされていることをもって、被告会社は、「滞留品」も正常の販売ルートで販売しうるものと評価していたとするが、前記の本人質問によって明らかなごとく、右の現地での区分自体が誤った指導に基づくものであって、実体を反映したものでないばかりか、被告会社は、滞留品を全く資産価値のない不良品とは区別して取扱っているとの点も、原判決自体、滞留品については、前記のとおり、「検品しておけば、その都度メーカーに返品ないし交換することができるが、日時の経過等により返品等ができなくなり、あるいは倉庫の奥の方に仕舞い込んで置いたため、販売しないまま日時が経過した商品」と認定しているところであり、その実体としては、メーカーに返品ないし交換できない物、日時を経過した商品であることを認めているのである。とすれば、これら返品できない物、日時を経過した商品はとりもなおさず、最早販売に耐えないものであることは、経験則上明らかであって、その棚卸上の評価にあたり、流れ品とほぼ同様の数値が付されていたとしても、それは、そうした評価方法自体が誤っているというべきであり、流通に耐えないということであれば、これは、資産としては、不良品と同様に扱うべきこととなるのである。

滞留品について、一方で、そうした実体にあることを認めながら、他方で、ただ被告会社が不良品とは別に、滞留品との用語を用いて(誤った)処理がなされているとの形式のみを捕え、これに資産性を認めたことは、原判決自体、矛盾しているというべきであるし、被告人の供述するところの滞留品の実体とは全く相反する認定であって、明らかな誤認というべきである。

原判決の前記の認定は、単に「在庫表参考資料」に、前記のような記載があるということを指摘するにとどまるものであり、全証拠を検討しても、被告人の在庫の不正圧縮の故意を裏付ける証拠は皆無である。

四 そしてさらに、被告人自身は、前記の「在庫表参考資料」すら見たことはなかったし、また、他に被告人が、右の資料を見たり、その内容を知っていたとの証拠もない。被告人は、「滞留品」なる言葉が使われていることはあっても、被告会社として、これが「不良品」とは別個に在庫の科目として使用されていたことも知らなかったところであるし、これを積極的に認定する証拠すら皆無である。

以上述べたところから明らかなように、原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと確信し、本件上告に及んだ次第である。

第三点 原判決の量刑は、甚だしく不当であって、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反する。

原判決は、被告会社を罰金九〇〇〇万円に、被告人を第一審判決判示の第一及び第二の各罪につき懲役一年、同第三の罪について懲役六月にそれぞれ処した第一審判決の量刑は重きに失し不当であるとの弁護人の主張を排斥して控訴を棄却した。

しかし、たとえ、前記八八七〇万円の点につき、これが、ほ脱所得を構成するとの前提にたったとしても、被告人を実刑に処したのは、以下の諸情状に照らし量刑甚だしく重きに失し不当であって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと確信する。

第一 情状に関する原判決の認定について

原判決は、被告人らに対する第一審判決の量刑は、いずれも相当であって、これが重過ぎて不当であるとは到底考えられないとし、その理由として概略以下の事情をあげている。

一 原判決が不利に判断した諸情状について

A 被告会社は、三事業年度分の合計で、三億九七一四万円余の法人税を免れたというものであって、そのほ脱額が巨額であり、各事業年度のほ脱率が七七.三ないし九五.五パーセントに及び、三事業年度を通じても八九.七パーセントになるなど、いずれも極めて高率である。

B その犯行の動機は、簿外預金を設定して如何にも個人資産があるように装い、その預金を担保に銀行融資を容易にすること、将来被告会社の業績が不振に陥った場合に備えて資産を蓄積しておくこと、被告人の密入国等を入国管理事務所に告げる者がいるので、これらの者の口止め資金を得ようとしたこと、余裕ある生活をするための資金を得ようとしたことなどによるものであって、いずれも被告人のために特に考慮すべきものとは認め難い。

C 本件犯行の態様は、決算期の直前ころ、経理担当者から各期に生ずる利益の概算について報告を受けるや、それを検討した上、予め入手して置いた他社発行に係る領収書を使用し、経理担当者に架空の経費を計上するよう指示するとともに、その発覚を防止すべく帳簿操作まで行わせたほか、昭和五六年三月期には、中味商品のたな卸除外をするなど、その手口が巧妙であることはもとより、計画的かつ悪質である。

D 被告人は、昭和四二年、詐欺罪により長崎地方裁判所へ起訴されておりながら、その公判係属中に逃亡して出国し、同五七年に至って漸く出頭し、同年一二月二七日、同裁判所において懲役二年(四年間の執行猶予付)に処せられたにもかかわらず、その逃亡期間中あるいは執行猶予期間中に本件各犯行に及んでいるのであって、その犯情が芳しくない上、本件脱税が長期にわたっている。

以上の諸点に徴すると、被告人の刑事責任は重いといわなければならないと認定した。

二 原判決が有利に判断した諸情状について

他方、原判決は、被告人に有利な情状として

ア 被告人が本件について深く反省していること

イ 被告会社においても、本件につき修正申告をして、その本税のみならず、附帯税や地方税についてもすべて完納していること

ウ 公認会計士らによる経理事務に対する監視体制の充実強化をはかり、再発の防止に努めていること

エ 被告会社や被告人が社会福祉施設等に多額の寄付をしていること

オ 被告人が服役するようになると、被告会社の経営に多大な影響が生ずること

カ その他、被告人の生い立ち、善行、健康状態、社会的制裁などをあげている。

右に認定された情状のうち、Aのほ脱額が高額であり、ほ脱率も高率であるとの点については、弁護人らも遺憾に思うところであるが、その他の情状については、第一審及び原審においても、弁護人が強調したとおり、原判決の評価とは異り、むしろ、被告人らのために酌むべき有利な情状として評価されるべきものと確信するところであり、これと、原判決も認定した被告人らにとって有利な情状を併せ考慮すれば、第一審判決の刑の量定、とりわけ、被告人を懲役一年及び同六月に処した実刑判決及びこれを是認した原判決の量刑は、余りにも重く、被告人にとって有利な個別・具体的事情について、列挙しているものの、これらを実質的には殆ど考慮しておらず、前記Aの数額と比率を重視し、形式的、画一的に評価・判断の資料とし、これのみにとらわれた極めて不当な量刑と言わざるを得ない。

三 動機について

(一) 原判決は、本件犯行の動機について、前記のとおり認定した上、いずれも被告人のため特に考慮すべきものとは認め難いとする。

ところで、検察官は、第一審の論告において、本件の動機として、前記のほか不動産等の個人資産を購入することにあったとし、結局、被告人の私利私欲から出たものであって、酌量の余地はないと論難したが、第一審判決は、その主張中、不動産等個人資産を購入することにあったとの点は認めず、その余についても、被告人の私利私欲に出たものであるとは認定しなかった。その限りにおいて、検察官の前記主張は第一審判決において排斥され、被告人らの主張に理解を示し、妥当な認定をしたところである。しかるに原判決は、動機に関し特段の事実の取調べをしないまま、被告人が余裕ある生活をするための資金を得ようとしたことを動機のひとつにあげ、被告人の私利私欲から出たものであるかの如く、第一審判決と異なる認定をしており、到底承服し難いところである。

次に原判決は、簿外預金及び簿外資産の貯蓄の動機に関しても、特に考慮すべきものと認め難いとするが、この評価も極めて問題である。

右の評価は、被告会社のような、創業後間がなく、経営基盤が極めて不安定で、金融機関から融資対象企業として、認めてもらえない零細企業の特殊性に思いを至さず、上場企業のような大手企業(これにあってさえ、後述のように、巨額にのぼる税のほ脱を行いながら、告発及び公訴提起も受けず、見解の相違として修正申告のみで処理されている例も多々ある)を想定し、これと比べて、単純かつ画一的な評価をしたものと断じざるを得ない。

(二) 被告会社の成り立ち、その特殊な事情は以下のとおりである。

(1) 自販機の販売自体、前記のとおり、ようやく昭和五一年頃から本格化した商売であり、自販機のメーカーは大手企業であるとしても、被告会社のような販売会社は、弱少の零細企業であり、商売そのものが、例えば、金融機関や取引先から企業として認められず、融資を受けるについても、見返りの預金担保を求められ、仕入れをするにあたっても、多額の保証金を要求されるなど、被告人としては、常に苦しい資金繰りと、経営上の不安に直面せざるを得ない状況にあったのである。このため被告人としては、金融機関の要求に応えるため、簿外預金作りを余儀なくされたのであるが、ことに、個人名義の預金を作るよう、銀行側の強い要請があったのである。

すなわち、被告人が密入国者であり、山崎勇の名前が偽名であることから、会社の代表者となることができず、これに義父をあてざるを得なかったため、取引先の銀行等は、常にこれに不審を抱き、被告会社からの融資申入れについては、被告会社の預金に加え、実質的な経営者である被告人の個人預金が、最も安全な担保となることから、これを担保として要求してきたのである。

また、昭和五六年前後には、銀行の実績作りとして、取引銀行が個人預金の獲得に走り、開店何周年記念といった種々の口実を設けては、被告人に対し個人預金を求めてきたのである。被告人としては、取引銀行の要請であるし、これを断れば、将来の融資に困難をきたしかねないと受けとめる一方、自己の経歴に関わる負い目からも、これに応じざるを得ず、被告会社の預金を個人名義に振りかえたり、被告会社から社長仮払の形で出金し、これで個人預金を作ったり、さらには、三山機工、総合通信社等に対する貸付金の返還分をこれに充てたりして、右要請に応じていたのである。

(2) これが、被告人の私利私欲に帰結される動機と言えないことは明らかである。これは正に被告会社の経営の安定化のためにほかならない。そして、右の要請に応じなければ、被告会社の経営が成立ちえなくなることも、火を見るより明らかな状況であったのである。被告会社のような、企業としての存在すら十分認められていない自販機ディーラー企業にとっては、ことに、暗い過去を背負っている被告人が、実質的に経営者となっている被告会社にとっては、こうした要請に応え、裏預金を作り、銀行の信用を得ていく以外には、被告会社の経営を安定化させる方途はなかったのである。

(3) 更に、被告会社の業務内容自体がぜい弱であることに加え、既に昭和五七年頃から、自販機の販売実績には、かげりが見え始めていたのである。自販機の販売が商売として成り立ちうることが伝わるや、当初、数社で始まったこの業界に、一時は、三〇〇社余りの同業者が続出することになった。

しかも、この業界に大手飲料メーカー自体も参入するようになり、たちまち自販機の飽和状態を招いてしまい、自販機自体の販売数は、同年から下降線をたどることになり、被告人自身、嫌が応でも、これを認識せざるを得ず、自販機と中味商品のみの販売から、多角的経営への企業展開を考えるようになった。

このため被告人は、文化シャッターと協力し、店舗の改装を手がけたり、東京電力の水力発電部と共同して、水力発電ダムのパイプ類の洗浄機の開発に取り組んだりするようになったのであるが、このような多方面への企業展開を行い、企業として生き残るため、それなりの資金の蓄積を図りたいと考えたのである。

この動機も、被告会社のおかれた特殊事情により、被告会社の安定と継続を願ったものにほかならない。現に、現在は前記の予測どおり、自販機業界は、三〇〇社を超えた業界が、被告会社を含め二社を残すだけにまで落ち込んでしまい、被告会社にしても、本来の業務は赤字の状態にあり、従前購入しておいた不動産の売り喰いにより、ようやく経営を維持し、三〇〇人にまで減ったとは言え、それらの従業員や家族の生計を保持しているところであるが、今日なお、被告会社が命脈を保ちえているのは、すべて被告人の、企業を存続させ、さらに、安定化させるための努力によるものと言っても過言ではない。

右の点を考えても、被告人の本件犯行の動機は、一に被告会社の経営の安定と、被告会社の存続を願うところにあったのである。

(三) 以上のとおり、原判決の認定する簿外預金、簿外資産の蓄積の動機は、正に被告会社の企業としての存亡に直接かかわる事柄であり、右のような発想がなかったならば、被告会社は、到底存続しえなかったものと言えよう。それも、現行の税制上、そのようなことは許されず、その結果、企業が倒産することになっても、それはやむを得ないことであるというのであれば、何をか言わんやである。企業として社会に存在する以上、これを存続させることが経営者としての最大の責務であろうし、企業に生計を求める、被告人を含む数百名の従業員及びその家族のためにも、最大の責務であると言えよう。

被告人とて、好んでほ脱に走った訳では断じてない。前叙のとおり、多くの経営者と同様、銀行借入、企業の合理化、経営の多様化等、経営の安定化のため、採りうる方策はすべて採りつくしているのである。

もとより、ほ脱に走ることは、法に抵触することであり、厳に慎しまなければならないことは、指摘を待つまでもないことである。しかし、被告会社の場合、ことに、自販機ディーラーとしての被告会社の場合、銀行、その他の取引先からも、まともな企業と認めてもらえず、借入れを実現するためには、逆に被告人個人の預金を求められたり、あるいは、取引にあたって、高額の保証金を要求されていたのであり、また、自販機業界自体も、これが商売として成立つものであると判ると、大手、弱少を問わず、三〇〇社もの企業参入を招き、これが飽和状態となると、過当競争の結果、被告会社を含め、二社にまで激減するという、極めて浮沈の激しい、しかも極めて特殊な業界なのである。それを自覚するだけに、被告人としては、その特殊性の故に、企業のため、その従業員やその家族のため、何としてでも経営の多角化を図り、企業として存続させなければならないと考えたのである。そしてそのため、やむを得ず将来に備え、簿外資金の蓄積という方途を選んだのである。以上の動機は、やはり被告人にとって酌むべき情状と言うべきではなかろうか。弁護人らは、強くこれを確信するところである。

(四)(1) また、原判決は、被告人の密入国等を入国管理事務所に告げる者がいるので、これらの者に口止め資金を得ようとしたとの動機についても、特に考慮すべき事情とは認められないと判示する。しかし、この点も到底納得し難い。被告人が最初に密入国した事情は、次のとおりである。すなわち、被告人は日本で生まれ、第二次世界大戦の終戦直前まで日本人として、日本に居住していたのである。ところがその後、被告人は父と別れて母とともに学童疎開として馬山市へ渡ったのである。しかし、終戦を迎え混乱のため日本へ帰る機会を失してしまった。その後、昭和二五年に朝鮮動乱がぼっ発し、馬山市が動乱の最前線となったため、昭和二七年、被告人が日本に居住する父を慕って日本へ渡航してきたことが、不幸にして密入国とされてしまったものである。同じ密入国とはいえ、被告人の右事情には同情すべきものがあり、決して悪い情状とみるべきものではない。しかも本件との関係で問題となる密入国の件でも、原判決の判示は、被告人の生い立ち、経歴、その苦難の半生に、およそ思いを至さない、人情の温もりの全く感じられない不当な評価と断じざるを得ない。裁かれているのは誰でもない。被告人尹柱烈である。そして、その量刑を決めるに当たっては、それこそ被告人それ自身の特殊な事情、個別の事情に立ち入り、これを理解するのでなければ、被告人に対する正しい評価はなし得ないものと思料する。そして、その特殊な事情、個別の事情をみるとき、裁判官、あるいは弁護人、あるいは一般の通常人がその立場に置かれたとき、いかように対処しえたものであろうか、という観点に立って思考を進めるのでなければ、被告人が採った行為について、正当な評価はなし得ないものと確信する。現に被告人は、後記のとおり、悩みに悩んだ挙句、被告会社の存亡、被告人やその家族の命運をかけて、長崎地検に出頭しているのである。その出頭が遅きに失したというのであれば、右の事情に鑑みて、これは言い過ぎと言えよう。被告人にとって出頭することは、すべて失うことになりかねない未曽有の決断を迫られることなのである。

そこに思いを至すならば、原判決判示のように、被告人のために特に考慮すべきものと認め難いなどと到底言い得ないものと考える。

さきに述べたように、被告人は昭和五七年一一月、文字どおり、自己の社会的生命と事業家として命運をかけて、当局に出頭して過去を清算しているのである。そして、後に述べるように、それ以後は、積極的な脱税行為を行っていないのである。

(2) その特殊な事情とは以下のものである。

それは、被告人が密入国者であることを隠していたことによるものであるが、被告人の事業が順調に展開し、社会的にもその立場が世に知られるようになるにつれ、被告人の過去を知る者から、その過去を暴露するといったおどし、たかりに喰い物にされるようになったことである。これらの者は、一〇〇万円単位で金員の貸与方を求めてきたのであるが、その実は喝取にほかならず、もとより返済されることもなかった。

被告人は、家族のことを思い、また、被告会社の存亡を憂い、やむなくこれに応じていたのであるが、手持資金では到底対処できず、被告会社から、社長仮払金として出金させたり、簿外の資金から、これらの支払に充てざるを得なかったのである。

こうした出金は、昭和五七年暮の長崎地検への出頭まで続き、総額にして一億円近いものとなっていたのである。

こうした特殊な事情と、後述の被告人の生い立ちをみるならば、本件の動機には、誠に同情を禁じ得ない特殊の事情があったものとして、これを有利に斟酌されるべき事情と評価するべきである。

(五) 脱税の動機としては、多様なものがある。当職らが、これまでに弁護を依頼された数少ない事例だけからみても

(1) 被告人個人の私財を蓄積するため

(2) 複数の情婦の生活費や海外旅行費捻出のため

(3) 被告人及びその家族が贅沢な生活をするため

(4) 被告人らの借金返済資金を捻出するため

など、私利私欲が動機となっている事犯が数多く存在する。このような動機に基づいて犯された脱税犯であるならば、原判決のいうように、情状として「被告人のため特に考慮すべきものとは認め難い」として、一蹴されてもやむを得ないが、本件の動機は、右の事例に比べれば、格段の相異が存するところである。本件における前記の動機を、有利な情状として酌み得ないとするならば、いかなる情状があれば、これを有利な情状として酌んで頂けるのであろうか。原判決の論理ないし評価からすれば、いかなる事犯においても、有利な情状は存し得ないことになるであろう。

四 本件ほ脱の態様について

(一) 原判決は、本件犯行の態様について、その手口が巧妙であり、計画的かつ悪質であると認定した。

しかし、その態様をつぶさに検討するならば、その方法は巧妙というよりは、むしろ、単純かつ幼稚なものであったというべく、査察を受ければ、たちまちその全貌が明らかになるものであったのである。

(二) 本件のほ脱は、その殆どが架空経費の計上の方法によるものであるところ、期中あるいは申告時期において、他社の領収書を利用し、これに見合う額につき、架空の広告宣伝費、設置補修費等の経費計上をしたというものであるが、他社として利用した会社は、三期通じても(株)三山機工製作所、(株)総合通信社、(株)丸蔵商事、日本マニックス(株)、(株)総武等数社にとどまるものであり、また、科目も右の二科目にとどまるところであり、しかも、その額が高額であることから、かえって、一見して不自然さを感得せしめるものである。しかも、殆どは、申告時期に、右の会社名の領収書を入れて経費計上を行うというもので、一部の例外を除いて、現実に、その会社に金員を移動することもなかったことからしても、犯行の手口が巧妙で悪質であるとの指摘は、当を得ないものと言わざるを得ない。単に他社名義の領収書を利用したにすぎないのであって、これら数社を調査すれば、たちどころに架空経費の計上であることが判明するところであり、その方法は、むしろ、容易に発覚しうる単純かつ幼稚なものであったと言えるのである。

(三) また、被告人が経理担当者に、右のように架空の経費計上を指示した背景には、以下のような事情が存したのである。

毎年五月一〇日頃には、経理担当者である室中が、当該事業年度のバランスシートを作成し、「これだけの利益があった」として被告人に報告するが、その数字は、被告人が認識している実際の利益とは大きくかけはなれたものであった。

報告どおりの利益が上がっているのであれば、これに見合う現金ないし預貯金が蓄積されているはずであるが、現実には、報告された利益に相応する税金分の現金ないし預貯金すらなく、かえって、被告会社の日常業務にあっては、金融機関からの借入によるほか、後述するように、被告人個人が友人等から金策し、これを被告会社に、社長借入金として貸付けるようなことまでしながら、被告会社の資金繰りをくりかえす実状にあったことから、被告人の理解としては、どうしても右の報告上の数字が、被告会社の実態を反映しているものとは考えられなかったのである。更に、室中の報告によれば、売上、棚卸等は、全国の営業所等からの報告を、そのまま集計したものであるというものであったが、被告人が現実に、月の半ばを費やし、全国の営業所や倉庫を訪れて陣頭指導し、その際、実情を調査して知り得たところによれば、現地営業所から本社に対する売上、棚卸等の報告は、営業所の成績が良好であることを報告するにはやり、実態にかなりの粉飾を施したものであることが多く、その報告は、必ずしも実態を反映しないものであったのである。具体的には、次のとおりである。

(1) 売掛金の数値について言えば、ユーザーは信販会社のローンを利用して自販機を購入することになるが、毎月の中身商品の販売利益が、信販会社への毎月のローン返済に足りない場合、ユーザーから、被告会社の販売担当者に対し苦情が持ち込まれ、ことに、販売担当者において、自販機の売り込みに際して、多少オーバーに儲かる等と言った場合には、売買契約の解約問題にまで発展するが、解約となれば、被告会社としては、信販会社に対し、代金相当額を返還せざるを得ず、そればかりか、被告会社の信用をも失うことになってしまう。そこで、クレームを受けた現地の営業所においては、そのような事態になるのを惧れ、クレームの処理対策として、ユーザーに対し、中身商品を一か月あたり一万五〇〇〇円ないし、二万円分(ユーザーが信販会社に支払う月賦金に見合う金額)を無償で供与するといった方法をとってしまい、こうした場合にも、本社に対しては、サービス品あるいは雑損としてではなく、中身商品の売掛として報告する傾向にあったのである。

被告会社において、中身商品の掛売りは、原則として禁止されていたのにもかかわらず、同五六年から五八年には、毎年六〇〇〇万円ないし八〇〇〇万円の売掛金が生じていたが、その大半は右のようなものであったのである。(被告人本人質問、決算報告書)

(2) また、棚卸については、本来、中身商品たる缶飲料は、一年と言わず六か月も経過すれば、その缶に製造年月日が記載されていることからも、古い物としてユーザーには販売し得ず、また、多くの営業所においては、庫入、庫出について熕瑣を嫌い、古い物から売ることをせず、倉庫の手近な所に庫入れし、庫出するのも手近な所から行うため、倉庫の奥には、常に古い商品が滞留し、いたずらに日時を経過し、結局、販売に耐えない不良在庫となってしまうのである。また、この業界では、常に新製品が開発され、被告会社においても、売り上げの向上を考え、何種類もの新製品を購入するが、現実に販売できるものは、このうちの数品種にとどまるというのが実情であり、こうしたことからも、常に不良在庫を抱える傾向にあったのである。しかし営業所は、現実に販売しえないものも含め、単に在庫商品の簿価のみをもって報告することが多く、ことに、昭和五六年度は冷夏のため、中身商品の売上げが伸びなかったという特殊事情もあって、在庫商品が増えたが、その数額の三割程度は、現実には本来販売しえない。換言すれば資産としての価値のないものであったのである。(被告人本人質問、決算書)

(3) さらに被告会社において、種々の理由で多用されてきた社長仮払金についても問題が存したのである。被告会社においては、株や不動産の取引、他への貸付を行う場合、あるいは、被告人を含む会社従業員の出張旅費や会議費等を支出する場合に、一旦、社長仮払金の科目をもって出金し、これに充てていたのであるが、事後、その清算がなされず、結局、被告会社としては、社長仮払金として債権が残ることが多く、また、前記の被告人の過去を知る者からの金員喝取についても、同様な方法により社長仮払金、あるいは貸付金として処理されることから、被告会社にとって、資産としては計上されるものの、これも回収の見込みのないものであり、結局、被告人個人の負担により処理されることとなったのである。

(四) 単純に数値を加除しただけの室中の報告は、右の実態を無視したものであることから、被告人としては、その報告に対し、右の点を指摘し、実態に合わせ、正確に調査しなおすように指示しても、室中は、「出先の報告によるほかはない。再調査の時間もない」といった対応に終始するため、被告人としては、やむなく実態に合わせるため、その認識する範囲内で、出来るだけ右の粉飾分に合うと思われる数額に対し、これを架空の領収書をもって解消しようとしたのである。因みに、右室中は、富士冷機から、いわばお目付役として、被告会社に派遣されてきていた者であったために、被告人の命令、指示に従わないだけでなく、被告会社の機密事項を、富士冷機に内報していたことは、第一審における室中証言に明らかであり、是非とも、ご一読頂きたい。

それはともかく、被告人にしても、確かに一々の数額まで調査させた訳ではなく、また、他社名義の領収書を利用するといった方法で処理したことは、責めらるべきであるが、その発想には、粉飾された過大な利益を、出来るだけ実態に合致させたいとの気持ちが存したのであり、その認識も十分根拠あることであってみれば、その限りにおいては、十分斟酌に値するものと思料する。

(五) なお、経費計上等については、以下のような個別の事情も存したところである。

(1) 棚卸除外について(五六年分一〇〇、四九六、二七九円)

これについては、前記のとおり、単なる報告上の数値は実態を反映するものではないため、販売しえないもの、換言すれば、資産とは言えないものについては、その実態に合致させたいとの意識が存したところである。

本件の棚卸除外とされる内容によれば、その対象は、中古機械、中身商品たる流れ品、滞留品に限られており、新機械、一般口には全く除外がみられない。

また、被告人において、単に棚卸除外だけを企てたのであれば、価格の高い新機械の数量除外のみで足りたはずであり、その方が容易で、かつ、発覚しがたいものであったと思われるが、右の内容からすれば、被告人にそこまでの企みがあったとは考えられず、かえって、実態に合致させたいとの意識が強かったことが裏付けられるところである。

また、本件においては、滞留品を除外したことが否認されているが、これは室中の、「中身商品については、二年間は保有すべき」「滞留品は全体の中身商品の一割程度存した」との室中供述のみに依拠しているところ、「二年間保有すべき」という点は、全く法的根拠はなく、室中の独自の見解にすぎず、また、滞留品なる科目も被告人の認識していなかったところである。被告人においては、「流れ品」と「不良品」の区分けしか認識していなかったのであるが、室中は、これも独自に、流通対象となりうる「流れ品」とは考えられない商品について、これを滞留品と表現したと考えられるが、これは、被告会社の仕訳上は、正に「不良品」の範疇に入るものである。

このように、滞留品とされるものは、そのすべてが缶飲料たる中身商品であるが、実際問題としては、被告人が強調するように、六か月を経過したような缶飲料は、販売に耐えないのであって、国税当局自身「滞留品」(昭和五六年三月期、一四、九二九、六四〇円)、すなわち販売に耐えない商品と判断しながら、その除外を認めない措置は、実情に沿ぐわない苛酷な処分というべきである(右の点については、前記第二点の第二で詳述しているところである)。

(2) (株)総合通信社、(株)三山機工製作所分について(五六・五七・五八年度分 計一二三、八六二、五〇〇円)

(株)総合通信社の代表者三上登、(株)三山機工製作所の代表者三山健匡は、いずれも被告人の過去を知る者であった。

右両会社に対する貸付は、多分に取引をからめたおどしによるものとみられるものであるが、その一部には、返済されずに終わったものも存するところである。

(3) レストラン名古屋分について(五七年度分三五、九九一、八〇三円)

レストラン名古屋は、被告会社が、昭和五六年春、一〇〇パーセント出資した香港の現地法人の経営する日本料理店であったが、被告人としては、企業の多角的展開の一環として、これを買収したものの、当初から経営は軌道にのらず、同店の従業員を国内から送り出し、飲食材料まで送るなど、その経営の援助、指導を、被告会社の負担において行ってきたが、結局、赤字が累積するばかりで、このまま放置しては倒産を招き、ひいて、被告会社の信用失墜をも招くこととなるため、同六〇年には、他に譲渡することとなった。この間、同店は、年間一〇〇〇万円前後の赤字を出し、そのため被告会社は、前記のような形でこれを補填していたのである。本件で、レストラン名古屋分として、架空経費の計上とされるその実体は、右のようなものであるが、原判決は、本来、右の出捐は、被告会社としては、貸付金ないし立替金として処理すべきであるというのである。

しかし、右の実体から明らかなとおり、一〇〇パーセント出資の子会社が赤字経営を続け、これが倒産しては、被告会社の信用失墜をもひき起しかねないため、これを回避すべく、やむを得ず援助したというのであるから、被告会社の損失と見ることも十分可能であると思料する(法人税法基本通達第四節九-四-一「子会社等を整理する場合の損失負担」は、本件の場合に十分適用しうるものと考える)。

そうでないとしても、右の実態及び現に被告会社としては、相当額の出捐をなし、これが回収しえず終ったことは、是非とも、有利な情状として斟酌されるべきものと考える。

(4) サキヤマ商会分について(五七年度分二、五〇〇、〇〇〇円)

これは、被告人の自宅用の応接セット購入分とされるが、実際は、応接セットは二セット購入し、そのうち約一五〇万円の一セットは、被告会社において使用されているところである。

(六) 本件犯行の態様、手段等に関しては、以上述べたとおりであるが、これによって明らかなとおり、本件の架空経費計上によるほ脱によって、被告人自身が私腹を肥した事実は全く見られない。

現実には、被告会社から出金がなされたままで、被告会社に資金の滞留さえないものも多々存するのである。

さらに、前に述べた本件の架空経費計上の手段から明らかであるが、被告会社は、支払手形を振出して、これに見合う架空経費の計上処理はしたが、手形は自ら保持したり、ジャンプすることはあっても、その多くはこれを取立てることはなかった。右の態様を繰り返したため、支払手形残は、年度を経過する度にふくらみ、昭和五八年三月期では、七億三七八八万円余となった。しかし、手形を取立にまわさなかったため(このため、手形はすべて、被告会社の金庫から押収されていることは、証拠上、明らかである)、換金による資金の社外流出もなく、もとより、被告人が簿外の資金を着服することもなかったのである。経費圧縮の事実はあるものの、実質経済的には未遂とも言えるのである。また、会計帳簿によって明らかなように、被告会社には、本件の各事業年度において、約一億円にのぼる多額の社長借入金が残っているところである。

これは前叙のとおり、被告会社の資金繰りのため、被告人が個人として、他から借入れ等により資金を調達し、被告会社に貸付けていたことによるものである。これらの点は、被告人において、私腹を肥やす等の気持を有していなかったことの証左であるばかりか、被告人が、それほどまでして、被告会社の安定と継続を願っていたことを裏付けるものにほかならない。

こうして本件ほ脱の方法及びその背景事情に鑑みれば、本件がほ脱事犯として、その手口が巧妙で計画的であるとはいえず、したがって、本件の態様が特段に悪質であるとの評価は、当を得ないものと思料する。原判決は、右の点においても、著しく評価を誤ったものと言わざるを得ない。

五 逃亡中、又は執行猶予期間中の犯行であることについて

(一) 第一審判決判示第一、第二の事実は、被告人が、昭和四二年に公訴提起を受けた長崎地方裁判所の詐欺事件の審理中逃走し、その逃走期間中になされた犯行であること、同第三の事実は、右事件につき、昭和五七年一二月、同裁判所に出頭し、執行猶予の判決を受け、その猶予中の犯行であることは原判決指摘のとおりである。このことについては、弁護人としても遺憾と思うところである。しかし、そこには、後記のとおり、誠にやむを得ない格別の事情が存したのである。これらについては、有利な情状として酌量されるべきであり、これを不利な情状と評価した原判決は、逃走中、もしくは執行猶予中の犯行ということを形式的にとらえ、これのみに拘泥して悪い情状として過度に評価し、以下の事情に想いを至さず、結局情状事実の評価を著しく誤ったものと言わざるを得ない。

以下の諸点は、被告人に有利な情状として、十二分に評価願いたいものと思料する。

(二) 右前科事実は、昭和四一年一二月一一日頃から昭和四二年七月一四日頃までの間に、四三名の被害者から、手付金名下に、合計二三九万余円を騙取したとされたものであり、長崎事件の判決時(すなわち本件犯行時)を遡ること約一六年余り前の犯行であり、また、被告人が第一審法廷で述べているように、詐欺の犯意はなかったけれども、一日も早くすっきりして、事業活動に専念したいために、本意ではなかったが、犯罪事実を認めて有罪判決を受けた経緯があったのである。

判決に接着した生々しい時期に犯した犯罪事実について、事実、罪を認めて有罪判決を受けた者と、一六年以前の事実で「やや風化した」(右詐欺事件の判示)犯罪事実について、しかも、内心では無実と信じながら、諸般の事情から有罪判決に服することとした者との間には、その判決の受け止め方、すなわち判決の感銘力に、いささか差異が存するのではないかと思われるのである。被告人はもとより、一般通常人が、前記後者の立場で執行猶予付の有罪判決を受けた場合に、「二度と罪を犯してはならぬ」と覚悟し、再犯なきを期する気持と同時に、それ以上に「これで十有余年の障害・うっ積が解消した。これからは、心機一転して、大いに働こう」という気持になったとしても、これを強く非難することは、いささか酷ではなかろうか。ましてや、両罪の罪種が異なり、かつ、被告人が発展途上にあった企業の責任者であり、事業家であってみれば、尚更である。

(三) 執行猶予期間中に、再度、同種の犯罪を犯した場合と、全く異種の犯罪を犯した場合とでは、自らその悪質性に大きな差異が存することは明らかである。被告人の場合は、脱税とは全く異種の、しかも、一六年余りも前の詐欺事実による執行猶予判決であるから、単に「執行猶予中の犯罪」として一率、単純に評価すべきではないと思料するものである。

(四) 前記詐欺事件判決の感銘力が、通常のそれとは異なることについては、前記(二)において述べたところであるが、それにもかかわらず、被告人が右判決を厳粛に受け止めていたことは、次の事実からも明らかである。すなわち、

〈1〉 まず、ほ脱税額の面からみると、

昭和五六年三月期は 一億四一八二万 五〇〇円

同 五七年三月期は 一億七一六三万五四〇〇円

であったのに対し、

昭和五八年三月期は 八三六八万七八〇〇円

と、前年度の半分以下になっているのである。

さらに右ほ脱額は、前記アスター関連の八八七〇万円の所得を加算したものであり、仮にこれを除外すれば、ほ脱税額は右の約半分になる。

〈2〉 これをほ脱率についてみると、

昭和五六年三月期 約 九一パーセント

同 五七年三月期 約 九五パーセント

であったが、

昭和五八年三月期 約 七七パーセント

と、前期に比して、約二〇パーセントの改善がみられ、さらに、前記アスター関係の所得を除外した場合におけるほ脱率は、約六〇パーセント余りとなる。

〈3〉 さらに、注目すべきことは、昭和五八年三月期における脱税の態様である。同年度におけるほ脱所得額は、

イ 三山機工関係 三六七九万五〇〇円

ロ 秩父商会関係 五〇〇万円

ハ アスター商事関係 一億八四〇〇万円

ニ 総合通信社関係 二三七〇万円

の四項目である。

右のうち、最も高額なものは、ハであるが、アスター関係については、前記八八七〇万円が仮に所得として認定された場合においても情状酌量すべき事情の存することについては、さきに述べたとおりであり、また、前記イ及びニについては、被告人が前記詐欺事件について有罪判決を受ける以前において、前年及び前々年どおりに伝票処理されてきていたために、これを遡って修正するのは困難と考えて、前年どおりに処理したものであって、脱税のための新しい工作は何もしていないのである(弁護人としては、それでも、なおかつ、この時点において、正しい税務申告をすべきであったと思うのであるが、それをしなかった被告人の迂闊さを残念に思うと同時に、前記詐欺事件判決の感銘力の落差を思い起こすところである)。

なお、秩父商会関係の五〇〇万円は、当該絵画が、今でも社長室に飾られており、被告人が私腹を肥やすためのものではなかったことは、前記のとおりである。

〈4〉 次に、特に留意されたいのは、被告人が、前記詐欺事件について有罪判決を受けた時(昭和五七年一二月二七日)以後においては、被告人は脱税に繋がる行為はほとんど何もしていないということである。前年度までは、決算時に、経理担当の室中に対して、「これを入れておけ」などと言って、偽領収証を手渡したり、在庫商品の低額評価を指示したことがあったかも知れないが、昭和五八年三月期決算においては、そのようなことは、全くこれをしていないのである。それ以前の経理処理の経緯上(あるいはアスターを救い、富士冷機の永井常務の面子を立てるために)、やむを得ないと考えた事項についてのみこれを黙認したのである。

右に述べた諸事情をみれば、被告人が執行猶予中の身でありながら、不届にも本件犯行に及んだものではないことが明らかであるとともに、被告人が前記詐欺事件の判決を厳粛に受け止めていたことをも裏付けるところである。

以上の次第で原判決は、情状事実の評価を著しく誤って、被告人に過度に不利益に判断しており、到底容認し難いところである。

六 ほ脱額とほ脱率について

(一) ほ脱額、ほ脱率が高いこと自体、これが量刑にあたって、被告人に対し、重い責を求められる一要素であることは否定しえないところである。しかしこれまで、縷々論じたとおり、本件においては、原判決が被告人に対し、実刑の量定をなした根拠は、結局、右のほ脱額が高額であること、ほ脱率が高率であること及び本件が執行猶予中の犯行であることにしぼられるように思われる。

とすれば、本件において、後述するその余の情状を勘案するとき、果たして、本件につき非を認め、心から反省し、本脱はもとより、附帯税等を完納している被告人に対し、さらに実刑を科すことが、刑事政策の観点からしても、また、右が他に与える影響を考えても、当を得ないものであることは明らかであるところ、右のほ脱額、ほ脱率の点を、それほどまでに重視すべきかについては、いささか疑問を呈さざるを得ない。

(二) その一は、現行法人税の税率の点である。

被告人らがほ脱を行ったことは厳然たる事実である。

しかしほ脱は、被告人らのみでないことも、また事実である。毎年、脱税白書が公表されるが、年を追う度に、ほ脱件数が増高の一途をたどり、また、ほ脱額も増高していることは公知の事実である。その背景がいかなるところにあるのかに思いを至すとき、法人税、所得税などの直接税の税率が重すぎるとの指摘がなされていることは、無視し得ない重要な事項であると考える。そして、そのために重税感、とりもなおさず、所得と課税のアンバランスに対しての批判が高まり、税制を改正し、直接税の税率を低減すべきとの法改正の作業が進められ、最近、これが成立し、法人税の税率が著しく低減化されたことは周知のとおりである。もとより、弁護人らにおいても、税率の高きに失することが、本件の直接の原因であるとまで主張するものではないが、実情にそぐわない税制の下で本件が俎上に乗せられ、ほ脱額、ほ脱率が高額、高率と非難されていることを指摘せざるを得ず、そのような背景から考えて、右の一点のみを、実刑を量定する根拠とするとについては、十分慎重を期すべきであると考える。原判決が、右の事情に思いを至すことなく、前記の評価をなしたことについては、これを論難せざるを得ないところである。

また、税率が余りに高いと、脱税者を多く生じさせ、しかもこれらの一部しか捕捉されず、捕捉された一部の者のみにつき刑罰を厳にしてもその感銘力は弱く、刑政の上から多くの効果は期待できないとされており、逆に低税率、低負担である場合、脱税者は少なくなり、他方捕捉率は高くなり、しかも、低税率、低負担にも拘らず脱税するものに対しては強い非難が可能であるから、これらの者に厳しい刑罰を科することは、これが当人及び一般人に及ぼす影響力は大であり実効があがるといわれている。税率低化方向にある今日、高税率時の事犯である本件被告人の処罰にあたっては、このような点も重視されて然るべきである。

(三) その二は、巨大な上場企業によるほ脱事犯との均衡の問題である。

〈1〉 近時においても、

イ スタンダード・チャータードバンク(本社ロンドン)

土地売買で高値取引の偽装工作で裏金一二億七〇〇〇万円の所得隠し

追徴金は六億五〇〇〇万円(平成二年四月一九日付読売新聞)なお、買主「長谷工コーポレーション」は裏金七億七〇〇〇万円の所得隠しで近く追徴課税

ロ 安田信託銀行 世界的株価大暴落で損失を受けた海外子会社の救済のため所得を現地法人に移転、移転価格税制の適用により約六〇億円の申告漏れ

追徴金は約二七億円(平成元年九月二一日付東京新聞)

ハ 日新製鋼 海外取引にからんだ所得隠しにより、二五億円の申告漏れ(平成元年九月二〇日付読売新聞)

ニ カメラメーカー「キャノン」による現地法人を利用した二〇億円の申告漏れ(昭和六三年六月二一日付毎日新聞)

ホ 最上興産による関連子会社を利用して架空経費を計上、売却益を少なく装うなどの手口で二五億円申告漏れ(昭和六三年五月三〇日付東京タイムズ)

ヘ フジタ工業による、関連会社などに支払ったように装って架空経費を計上、約二一億円の申告漏れ(昭和六三年五月一六日付東京新聞)

ト 国際企画 地上げに際し、ダミー会社を介在させるなどして利益を圧縮一九億円の申告漏れ(昭和六三年二月二九日付朝日新聞)

チ 日本信販 貸し倒れ損金の過大計上、法定を超える交際費の損金計上の方法により、二年間に一四億円の申告漏れ(昭和六〇年一月一八日付毎日新聞)

リ 大成建設 完成した工事を翌期に計上したり、海外で使用した建設機械を無価値として、資産計上から除外する方法により、二年間で六六億円の申告漏れ

追徴金は約二九億円(昭和五九年一月二四日付日本経済新聞)

ヌ マコト企業 都心の土地売買につき、架空の仲介手数料を支払ったようにみせかけ、架空経費を計上するなどして、一一億円の申告漏れ

追徴金は約七億円(昭和六三年五月二五日付東京新聞)

ル 東洋郵船 東洋郵船と横井ファミリーが所有土地を不等価交換することにより、一二〇億円の申告漏れ

追徴金五〇億円(昭和六一年一〇月一四日付朝日新聞)

ヲ 佐川急便 運賃分配で不適正計理、利益計上時期のずれ等により、六〇億円の申告漏れ

追徴金三〇億円(昭和六一年六月一九日付朝日新聞)

ワ 千代田化工 工事原価を水増する方法で一五億円の所得隠し

追徴金八億円(昭和五八年一〇月七日付朝日新聞)

カ 清水建設 税務当局との見解の相違により生じたとする、繰り延べ工事や見積原価に関する経理操作により、七五億円の申告漏れ

追徴金三二億円(昭和五八年八月二二日付朝日新聞)

ヨ 伊藤忠商事 海外取引にからんだ所得隠しにより、二二億円の申告漏れ

追徴金八億円(昭和五八年二月一三日付朝日新聞)

などの報道がなされ、同種の報道は跡を絶たないところである。

(右イロハは控訴審以降のもの、ニ~ヨは控訴審で立証ずみ)。

もとより、弁護人らも、その実体について、報道された内容以上に知るものではないが、報道された内容の申告漏れのあったことは十分に窺えるところである。ところで、弁護人らが常々不可思議に思うところは、こうした大手企業の「申告漏れ」については、その額がいかに高額であっても、ほ脱事犯として公訴の提起を受けた例がないということである。

しかし、前記のような利益圧縮をするというものであれば、本件における方法と異なるところはないはずである。しかも「申告漏れ」の額は、本件のそれをはるかに上廻るものであり、一が重加算税を払って修正申告処分ですみ、他がはるかに少額の事犯であるのにかかわらず、実刑に直面しているというのである。脱税事犯は、国家の徴税権に対する侵害であるとする立場に立った場合でも、はたまた、国家に対する詐欺罪とも言うべき自然犯であるとの考えに従った場合においても、「申告漏れ」によって、納税を免れ、国家に対して、同額の損失をもたらしたことは、本件のようなほ脱事犯と全く異なるところはないのみならず、国の損害の額において、本件をはるかに上まわるのである。とすれば、重加算税まで課せられるような方法で「申告漏れ」を犯しながら、刑事訴追を受けないというのは、ほ脱率が低いということに起因するとしか考えられないのである。そうであれば、巨大な企業であればあるだけ、国家に与えた損害が、いかに巨大であっても、訴追を免れるという重大な矛盾を生ずることとなる。また、こうした巨大企業側の税ほ脱についての反論は、これもまた、軌を一にしたように、税務当局との見解の相違であったというものである。見解の相違として訴追を免れることができる脱税方法こそ、計画的、巧妙というべきではなかろうか。所得が巨大となり、組織が複雑になればなるほど、ほ脱率は低くなり、企業幹部の関与の程度も少なくなることから、脱税の認識も薄らいでくるのであろうことも、容易に想像されるところである。反面、所得も少なく、組織も小さければ、査察により、容易にその全ぼうが判明することとなり、ほ脱率も高率とされてしまうのである。いずれが悪質、巧妙というべきであろうか。

こうした諸点を考えていくと、ほ脱額、ほ脱率の点が、量刑にあたっての一つの要素になるとしても、第一審判決及び原判決のようにこれを重視し、画一的に実刑判決を量定したことは、前記の事例と比較して、均衡を失する結果をもたらす、誤った評価・判断と断じざるを得ないところである。

〈2〉 ちなみに、ほ脱額が三億円を超える事犯であっても、執行猶予の判決を受けた事例として、

イ 三億一〇〇〇万円の所得税法違反

懲役二年 執行猶予三年 罰金九〇〇〇万円

(東京地方裁判所 昭和六二年七月七日判決)

ロ 約四億円の相続税法違反

懲役一〇月 執行猶予二年 罰金七〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六一年一〇月一五日判決)

ハ 五億五〇〇〇万円の所得税法違反(いわゆるタテホ事件)

懲役二年 執行猶予三年 罰金一億円

(神戸地方裁判所 昭和六三年六月二七日判決)

ニ 三億五四〇〇万円の法人税法違反

懲役一年八月 執行猶予三年 罰金六〇〇〇万円

(横浜地方裁判所 昭和六三年五月三〇日判決)

ホ 三億五三〇〇万円の法人税法違反

懲役二年六月 執行猶予五年 罰金九〇〇〇万円

(東京地方裁判所 平成元年一一月九日判決)

ヘ 七億一六〇〇万円の所得税法違反

懲役三年 執行猶予五年 罰金一億八〇〇〇万円

(東京地方裁判所 平成元年一二月二五日判決)

ト 三億六二一一万円の所得税法違反

懲役二年 執行猶予五年 罰金一億円

(水戸地方裁判所 平成二年三月五日判決)

等の事例も存するところである(右イ~ニまでは控訴審で立証ずみ、ホヘトはそれ以降のもの)。

なお、右の執行猶予事例を通観すると、所得税法、相続税法の違反が目につくが、私利私欲を図るとの観点からすると、法人税法違反の場合と比して、一層悪質であると思われるし、まして、本件の被告人の場合と比較すれば、なおさらである。

換言すれば、被告人に対し、実刑を科することは、右各事例に比して均衡を失し、著しく重きに過ぎる量刑と言わざるを得ない。

〈3〉 弁護人は、原審において以上の如き事情を述べ、巨大な上場企業によるほ脱事犯が起訴されていないこと。更に、ほ脱額が三億円を超える事犯として起訴された事例でも、懲役刑について実刑に処せられることなく、その執行を猶予されていることなどに比し、被告人に実刑を科した原判決の量刑は著しく重過ぎて不当であることを主張した。これに対し、原判決は「確かに、大企業における脱税のすべてが刑事処分を受けているとは限らないこと、所論の引用する裁判例中には、そのほ脱額が三億円を超えているのに、懲役刑について、その執行を猶予した事例を含んでいることは記録上明らかであり、また、ほ脱犯の刑を量定するに当たり、ほ脱額の多寡がその重要な要素となることも明らかである。」とする一方「しかしながら、刑の量定は、それのみによって決せられるものではなく、被告人に有利不利を問わず、あらゆる情状を十分検討して決すべきものであるから、単にほ脱額の多寡のみを比較して刑の軽重を論ずることは相当でなく、しかも、所論引用の裁判例は本件とは事案を異にするので、右の裁判例に比較しても、被告人に対し刑の執行を猶予しなかった原判決の量刑がいずれも重過ぎて不当であるとはいえない。」と判示して、弁護人の主張を排斥した。

確かに、刑の量定にあたり、ほ脱額の多寡が重要な要素となるとしても、それのみによって決せられるものではなく、被告人に有利不利を問わず、あらゆる情状を十分検討して決すべきものであるとの判示は正しいと思われるが、問題はあらゆる情状を実質的にしかも十分検討されたかどうかである。

第一審及び原判決の判示を見る限り、いずれも有利、不利の諸事情を列挙してはいるものの、ほ脱額の多寡及び執行猶予中の犯行であることを最重要視して、その他の有利な情状を実質的には十分検討考慮しないまま、被告人につき実刑の結論を導いているものとしか思えないのである。

(四) その三は、脱税事犯に対する考え方についてである。

近時、ほ脱事犯について、厳しい対応をすべきだとする見解が高まり、原判決も、こうした考え方によるものとも推察されるが、これは、第一審において検察官が論告でいうところの「脱税事犯は、今日において、単なる形式犯に止まらず、自然犯としての性格を有し、いわば、国家に対する詐欺罪ともみなし得るとの考え方が定着しているというべきであり、重大、悪質な租税ほ脱事犯に対しては、行為者に対する実刑を含めた厳罰をもって対処することが、社会的要請にかなうというべきである」というものである。

法人税法第一五九条第一項が、「偽りその他不正の行為により……法人税を免れ」た者を処罰することとしているところからすれば、脱税犯は、国を被害者とし、国の徴税権を被害法益とする、刑法上の二項詐欺に類似した犯罪ということができよう。

ところで、詐欺罪に限らず、一般に財産犯については、被害額が相当高額であっても、その被害が回復され、実害が無くなれば、国が刑罰権を行使する必要性も少なくなる。かなり高額な詐欺事件や、横領事件であっても、起訴前にその被害が弁償されれば、起訴猶予処分に付され、起訴後に被害が弁償されれば、ほとんどの場合、執行猶予が付けられていることは、我々が常に経験しているところである。

脱税犯が、国を被害者とする詐欺罪であるならば、修正申告をして、ほ脱税額と延滞税を完納することによって、国の被害は回復されたことになるのみならず、これに加えて、重加算税まで完納した場合には、それだけの制裁も受けたものとみられ、したがって、このような脱税犯については、国の刑罰権の行使も軽度なものに止められて然るべきではないかと考えるところである。

第二 被告人に有利な諸情状について

原判決が、被告人に対し、実刑を科した第一審の判決を維持した量刑の事情がその根拠たりえず、かえって、被告人に対し、有利な情状として評価すべきものであることについては、前記のとおりであるが、原判決及び第一審も一部認めた、以下の被告人らについての特段の個別事情、特異な情状に照すとき、被告人を実刑に処することは、余りに酷に失する、極めて不当な量刑判断と言わざるを得ない。

一 被告人の生い立ちと経歴について

(一) 被告人は、昭和九年二月、愛知県岡崎市内で、父李潤馥、母趙秀元の二男として出生した。

当時父は、クリーニング屋を経営していたが、日本軍に徴用され、北海道の炭鉱で稼動することとなった。

その後、同二〇年三月には、移り住んでいた名古屋が大空襲を受けたため、被告人は、母と共に韓国に疎開し、同地の馬山工業技術学院を卒業した。

同二七年には、当時、新潟県内で土木機械の製造会社を経営していた父を頼り、韓国から本邦に密入国し、父の手伝いをするようになったが、日本で出生し、日本で育ち、日本語しか話すことのできない被告人にしてみれば、何とかして日本での在留資格を得たいとの気持ちを絶ち難く、同二九年には、自首することにより、これを実現しようとしたが、結局、容れられず、かえって、退去強制令書を執行されることとなったため、自費出国により韓国に渡った。しかし、日本語しか話せず、若年で、腕になんの技術もない被告人が、韓国において独りで生計を立てることは、到底不可能であったため、韓国に帰国した翌日、再度日本に密入国することになったのである。密入国後は父の下で生活しえないため、単身、神戸市内のパチンコ店、ペンキ屋等を転々とする、どん底生活を続けた。この間、金容千なる人物から、同人名義の外人登録証を譲り受け、以来、同名を名乗るようになった。

(二) 被告人は、同三三年頃上京し、一時、三陽物産に転勤した後、同三九年頃、河鉄産業株式会社を設立し、虫よけ網戸の販売を行うようになった。本社を大阪に置き、東京・名古屋・福岡等に支店を設け、全国的に網戸の販売を展開するようになったが、昭和四二年一二月頃、右の営業に関し詐欺罪で逮捕され、長崎地方裁判所に起訴されることとなった。

右の公訴事実は、被告人が、同会社九州支店長坂本らと共謀し、昭和四一年一二月一一日頃から同四二年七月一四日頃までの間に、網戸を納入する意思がないのに、特約店となろうとする者から前払金名下に、合計二三九万余円の金員等を騙取したというものであったが、その実体は、九州地方の間取りと、関東・関西のそれとが異なるため、九州地方の間取りに会う網戸の製造が遅れ、約定どおりの履行ができず、被害者らの不信を買うこととなったというもので、必ずしも被告人が、当初から約定を履行する意思を全く持たず、計画的に犯行に至ったというものではなかった。このことは、九州地区と全く同じ方法で商売をしていた関東及び関西地区においては、なんら問題が起きなかったことからしても明らかである。

(三) 被告人は、右事件の途中、保釈されたものの、密入国の事実が発覚していたことにより、直ちに大村入国者収容所に収容されることとなったが、数か月後には仮放免となった。その間に、長崎地方裁判所において、三回にわたって審理が続けられたが、被告人は詐欺の犯意を否認し、無罪を主張し続けた。同四三年二月には賍物故買、ついで詐欺罪の容疑で逮捕されることになった。両罪とも疑いが晴れ、訴追を受けることなく保釈されたが、そのまま大村密入国者収容所に収容された。

ところが、同所内で盲腸を患い、手術を受けたが、かえって悪化して、腹膜炎を併発したため、仮放免されて東京の済生会病院、日赤東京第一病院、東大病院へと相ついで入転院を繰り返し、数回の手術を受け、生死の界をさまようこと数度に及んだ。

この間、被告人は、妻小島愛子に生計を頼っていたが、これも十分でなかったため、社会福祉協議会や日本赤十字社から治療費等の援助を受け、ようやく生命を保つことができた。このときの感謝の気持ちが、後に述べる日本赤十字社等への寄付の動機となったのである。

被告人は、同病院等で治療を受けたものの、経過は必ずしも好ましいものではなく、このまま大村入国者収容所に戻ったのでは、治療に万全を期し難く、ただ、強制的に韓国に送還されるだけになると考え、韓国に密出国したのである。その後、同地の大学病院で治療を受け、完治した同四四年頃、被告人は三度、日本に密入国することとなった。

右のような経過をたどり、結局、長崎地方裁判所にも、大村入国者収容所にも出頭しなかったため、今更、密入国の事実を告白して出頭しても、強制送還の処分を受けるばかりであるとの悲観的な心境となり、以後、身分を隠したまま、山崎勇の名で日本国内で生活することとなってしまった。

(四) この間、同三〇年頃、被告人は小島愛子と結婚し、長女高子、長男勝一、次女幸子の三子をもうけたが、同四一年には右愛子と別れた。

しかし、被告人はそれ以後も、右愛子及び三人の子供の生活費をすべて負担し、三人の子供を立派に成人させているところである。

(五) その後、被告人は、友人らと共に、お座敷ジュークボックスの販売を始め、同四五年には、日本電業(株)を譲り受け、同会社において右の販売を継続したが、大手業者の市場参入により、行末に不安を感じ、同四八年には、五名位の部下を雇い、被告会社を設立し、自販機の販売へと切りかえていった。缶飲料などの自動販売機は、現今では至る所で目につき、前述のように飽和状態となっているが、当時としては、市場に出廻り始めた段階であった。被告人は、自販機の今日あることを予測し、これに切りかえることを考えたのであるが、当時は、被告人の資力、信用をもってしては、容易にこれを仕入れることもできなかった。同四八年のオイルショックを迎えて、日立製作所、三菱重工業等の大手自販機製造業者が業界から撤退し、缶飲料製造業界も、通産省から不況業種に指定されることとなったが、他方、富士冷機が自販機の製造に進出したことを契機に、被告人は、これを業界進出の好機ととらえ、自販機のディーラーとしての新販売方式を工夫することにより、富士冷機から現金取引により自販機を入手することができるようになり、以後、被告人が自ら営業の先頭に立って自販機を販売し、併せて缶飲料の継続的供給による販路を開拓していったのである。被告人の先見の明と努力により、事業は次第に拡大し、同五四年には、従業員八〇〇名、営業所も全国で七〇ケ所を擁する陣容となり、一〇月には本社を新宿センタービルに移すまでに成長した。こうした飛躍の転機となったのは、同五三年の雪印食品(株)との提携であった。それまでの自販機業界は、自販機を設置するものの、中身商品たる缶飲料は、各社のものを雑多に入れている状態で、中身の補給について責任の所在があいまいであるなど、種々のトラブルが発生したが、被告人の発案により、被告会社が扱う自販機については、雪印のマークを明示し、かつ、中身商品も同会社のそれに限ることとしたのである。右によれば、自販機そのもののほか、中身商品についても、その補給責任の所在が明確であり、ユーザーが安心して、自販機を購入しうるばかりか、被告会社においても、自信をもって販売に専念できる利点が存したのである。被告人の右の新機軸は、被告会社に飛躍的な業績の拡大をもたらし、業界における販売方式の先駆ともなったのである。

被告人のこうした新方式とその成功は、大手飲料メーカーの業界参入や自販機ディーラーの増加をもたらし、結局、自販機の飽和状態と、被告会社を含めた弱小自販機ディーラー業界の終えんをもたらすことになるのであるが、被告会社は、同五七年に最盛期を迎えることとなり、従業員も関連会社を含めると一、五〇〇名、全国一〇〇ケ所に営業所を構える、ディーラー業界内では最大手の地位と陣容を誇るまでになったのである。この時点における被告会社の取引先としては、自販機は松下電器産業、東芝、富士電気冷機、久保田鉄工、中身商品は雪印食品、明治製菓、サッポロボールといった業界の最高の企業を持ち、銀行も三和銀行、三菱銀行といった最大手銀行と取引するまでになった。

(六) 韓国人に対して偏見の強いわが国の社会において、韓国からの密入国者であり、かつ、逃亡刑事被告人として司直から追われる身であるという、一身上の重大な秘密と負い目を背負いながら生きていくことの苦しさは、かつて、アメリカの名優デビット・ジャンセンがテレビ映画で演じた「逃亡者」(レフュジー)に見事に画かれており、また、モンテクリスト伯が舐めた辛酸を思い起こさせるのであるが、それにもかかわらず、このようなハンディキャップを背負いながら、被告会社を自販機販売業界におけるトップ企業にまで育て上げた被告人の、人知れず流したであろう涙と汗に深い同情と理解を賜りたいのである。

(七) しかし被告人としては、被告会社の経営に専念する間も、片時として、長崎地裁の事件で逃亡被告人となっていること、大村入国者収容所から逃れたままになっている密入国韓国人であることを忘れることはなかった。

同四五年には、現在の妻と知り合い、長男、長女の二人の子をもうけているが、その成長をみるにつけ、このまま身分を隠したままの生活を続けていては、一〇年後には、この子供らも、被告人と同様の運命をたどることとなってしまうし、現に成長した前妻との子供も、大学を卒業しても満足な就職も困難であるし、数々の縁談をもち込まれても、父である被告人の素性が不明であるとして、破談になってしまう現実を目のあたりにし、また、被告会社の経営にあたっては、被告人が実質的な代表者としてさい配を振っていながら、代表者としての登記も出来ず、取引にあたり、代表者となっていないことを相手方から不審がられ、ひいては、取引に不安を持たれることに何回となく直面し、他方、一、五〇〇名にまで増加した従業員や、その家族の生計の支柱たる立場となってしまったこと等、その現状を直視すればする程、このまま身を隠した状態を放置しては、取りかえしのつかない事態を招いてしまうとの不安と反省の念が、事業が拡大すればする程高まってきたのである。

他方、被告人に対しては、同四七、八年頃から、その隠された過去を知る者から、その素性を暴露する等と脅迫され、多額の金員をゆすりに来る者も出るようになったのである。被告会社の規模が大きくなるにつれ、その要求額も増加の一途をたどり、被告人自身、日々これにおびえ、多額の金員の捻出に苦慮するとともに、前記のように、被告会社の取引先が、業界最高の企業であることから、素性が暴露されることにより、被告人はもとより、被告会社の信用が一挙に失墜することとなり、被告会社の致命傷ともなりかねないという危機感を持つようになったのである。また、被告人自身、そのような事態を招くこととなれば、それまで被告会社と取引をしてくれた、右の一流企業の担当者や担当役員を欺むいてきたことになり、その担当役員らの企業における立場を失なわしめることとなることも恐れたのである。

こうした事情が重なり、被告人は悩みに悩んだ挙句、同五七年に至り、一切の事情を明らかにし、負うべき責任を果し、再出発の途を歩むことを決意したのである。

同年一一月の東京入管への出頭、長崎地検への出頭は、右の決意によるものである。

被告人は、永年にわたる逃亡により、裁判所始め、関係機関に多大の迷惑をかけたことを心から詫び、被害者に対しても、被害額の三倍の金員を支払うことにより慰籍の途を尽し、反省の情を明らかにしたところである。

(八) 被告人が歩んだ半生は以上のようなものであった。

その間、後述のように、被告人自身が空襲の火傷により、片足に不治の傷害を負った身体障害者であること、また、盲腸及び腹膜炎の手術の際には、日本赤十字社などの関係機関から、治療費の支払等について援助を受けたことから、経済的にようやく余裕のできた同五〇年頃から、被告人は被告人個人として、あるいは被告会社として右の恩に報いるため、かつての被告人同様、不幸な生活を余儀なくされている人たちに対し、少なからぬ寄付を継続しているほか、自販機業界にあっては、業界の団体、全国自動販売機販売協議会の会長を永年勤め、業界の発展と正常化に寄与した功績は大なるものがある。

(九) 被告人が再三、密入国を繰りかえし、詐欺罪を犯し、公訴提起を受けながら逃亡し、その間、本件犯行を行っていたとして、反規範性が強く認められると非難するむきもあるが、果してそうであろうか。

被告人は、韓国籍とは言え日本で生まれ、日本で育ったのである。

戦災により父と離れ、韓国に疎開したものの、最早韓国では生活しえない日本人として育ち上っていたのである。父を慕い、日本での生活を求め「密入国」したのであるが、当時の情勢にあって、正規に入国できたであろうか(因みに、日韓国交回復は昭和四〇年であり、一般韓国人の訪日が、その目的のいかんを問わず自由になったのは、ようやく昭和六二年からのことである)。密入国しても、被告人は、何とかして「日本人」になりたく、在留資格を得ようとしたのである。しかし、これもかなえられるところではなく、かえって、強制送還されてしまった。

しかし、被告人の、日本で、日本人として生活をしたいとの願いには、絶ち難いものがあったのである。被告人の右の生い立ちをみるならば、被告人はむしろ、第二次世界大戦の犠牲者とも言うべきであり、右の密入国には、同情こそすれ、決してこれを非難し得ないものと確信する。

三度目の密入国については、前記のような事情があり、過去に自首しても、その希望をかなえられなかったことに基因する浅慮によるものと考えられるが、その動機には十分酌量すべき事情が存するのである。

裁判から逃げ、収容所から逃げたことは事実であるが、これにも前記の事情があり、被告人自身、逃亡した身であることを片時として忘れることはなく、一日も早くこれを償なわなければならないとの思いに、日夜さいなまされていたのである。そして右の件についても、前叙のとおり、自ら出頭し、その処罰を受けているところである。

しかしその間、被告人は、パチンコ店やペンキ屋の店員として粉骨砕身して努力し、同五七年には、従業員一、五〇〇名を抱える企業を経営するまでになったのである。

その間には、前に述べたように、言いしれぬ苦難と苦労があったものと思われる。

被告人ほど数々の至難の途を歩んだ、また、歩まされた人間を、弁護人らはいまだ知らない。

その半生をみるとき、一介の密入国者が、かくの如き地歩を築きあげたことについては、何事かを成し遂げた者として、あるいは、立志伝中の人物として、積極的に評価されるべきである。我身が同じ境遇に立たされたとき、被告人に比べ、何ほどのことができるかに思いを至すとき、一層右の感を深くするところである。

反規範性を指摘する者があるとすれば、余りにも一面的、皮相的評価でしかないものと断じざるを得ないし、被告人のその時々の動機、心情、更には、今回における後述の反省の情を考えるならば、再犯のおそれが、あるなどの論難が、当を得ないものであることは明らかである。

二 被告人の善行と業界における業績について

(一) 被告人は前記のとおり、大村入国者収容所に収容中、数回の手術を受けて生死の界をさまよった際、日本赤十字社や社会福祉協議会から、治療費等の援助を得て一命をとりとめることができたことを契機に、かつ、自分が身体障害者であることから、何らかの形で社会に感謝の気持を表わしたいとして、以降、被告人個人としては現金を、また、被告会社としてはジュースを、全国の公共社会福祉関係団体に継続的に寄付するようになった。これに関する証拠は、本件で押収され、これまですべてが還付されたわけではないため、寄付を開始した以降の寄付の金額及び感謝状のすべてを明らかにはできないが、還付されたもののうち、昭和五四年度以降同六〇年度までの被告人個人の寄付した現金の合計は、七五六万円であり、また、被告会社が寄付したジュースの現金換算額は、昭和五六年度から同六二年度まで、合計一億九六〇〇万円余りの多額にのぼっており、その間、関係方面から授与された感謝状も、五、四八八件と多数在するのである(第一審で立証ずみ)。さらに昭和六三年度及び平成元年度において被告会社が同様寄付した合計額は、一億一一四二万円余にのぼっているのである(原審で立証ずみ)。このほか被告人は、全国社会福祉施設、日本赤十字社等に、毎年相当額の寄付を継続的に行っており、このことは厚生大臣、日本赤十字社、全国社会福祉協議会等からの感謝状、特別社員証書等が多数存する上、日本赤十字社から、特に金色有功章を授与されていることからも明らかである(第一審及び原審で立証ずみ)。また、被告人は、これまでに、警視庁管内の各警察署長から、合計一四枚の感謝状・表彰状を授与されており、被告人が永年にわたり、警察行政ないし犯罪捜査に多大の貢献をしたことを物語るものである。

このように被告人が、永年にわたり、社会に対し、できる限りの善行と奉仕をしてきているのである。

(二) 他方、被告人は昭和五二年、通商産業省指導のもとに、全国の自動販売機販売業者が参加して、全国自動販売機販売協議会を設立した際、推されてその会長に就任し、それ以降、一時期を除き、昭和五九年四月、本件査察調査により責任をとって辞任するまでの間、同協議会の会長として、自動販売機の購入者と販売業者間のトラブルの解決と、関係業界の持続的発展のために、業界人として社会的責任を果すことに尽力してきたものである。そして、特筆すべきことは、通産省の要望により、同省とも協議し、自動販売機の販売契約約款を統一したが、これにつき、被告人が同協議会の会長として強力に推進し、約款の統一にこぎつけたことである。また、同協議会において、青少年に悪影響を与える雑誌類の自動販売機による販売をしないように働きかけ、設置してある自動販売機については、これを撤去するよう推進したことも重要なことであった。このように、同協議会において、被告人が中心となって果した役割は大なるものがあるのである。

なお、同協議会が、昭和六二年三月、解散した後においても、それまでは、同協議会が自動販売機に関する消費者からのクレームの処理にあたってきたが、同協議会が解散した後は、被告会社において、右クレームの処理をされたい旨通産省から要請され、現在に至るまで右クレームの処理にあたっており、その件数は、毎月数十件に及ぶところであり、現在も、このような形で社会的な貢献をしている旨、当弁護人らは聞き及んでいるところである。

三 社内体制の改善について

被告人は、本件の反省と自覚から、経理面について実態を正しく反映させ、いわゆるガラス張りの経営に徹することとし、まず監査役については、適正な監査を期待しうる元税務署長の税理士に就任してもらう一方、公認会計士を顧問に迎え、公認会計士としての独立した立場から、財務・決算その他経理システム全般に至るまで、強力な指導、助言を得られる体制に改善した。そして、現在経理担当者の資質の向上が計られ、日常の経理業務については、社長の干渉なしに進行しているばかりでなく、重要事項については、右公認会計士、税理士及び経理担当者が参加した合議制で対処して適正に処理するなど、従来と比較し、経理面で格段の改善がなされたことは明らかである。そして、今や整備された法人と同様の内部体制の整った会社となっているが、本件の影響から、会社の内部においては、被告人を含め税理面で、むしろ慎重かつ神経質ともみえる処理になっているくらいである。

そして本件後、被告会社では、正しい税務申告を行っている。

このように、社内体制の改善措置がとられたことは、高く評価されて然るべきであると思料されるが、このような改善と、被告人及び役職員の本件に関する強い自覚からすれば、最早、再犯のおそれはないものと確信するところである。

四 修正申告の上、本税、附帯税及び地方税等を完納していることについて

被告人は、国税局の調査により、本件ほ脱所得及びほ脱税額が確定した段階の昭和六〇年二月六日、告発対象の昭和五六年三月期から同五八年三月期までの三期分はもとより、告発対象とならなかった昭和五五年三月期分についても、調査結果に基づき、積極的に修正申告を行うとともに、同日、本税を完納した。そして、重加算税、延滞税等の附帯税は、決定あり次第順次納付し、地方税についても順次納付して、完納ずみである。そして、告発対象の三期分について納付した国税の合計は、五億七六七六万一一〇〇円であり、地方税の合計は、二億五七八四万五七三〇円であり、以上の国税、地方税の納付額の合計は、八億三四六〇万六八三〇円となっている。このように、本件に関し、積極的に修正申告をして、早期に全額納付したのは、被告人の本件に対する反省と強い自覚の表れであり、その誠意と努力は、十二分に評価さるべきものである

そして、このように完納したことにより、本件ほ脱による国家課税権侵害による被害は回復ずみである。

五 被告人の改悛の情と被告人の人柄、業界における信用などについて

(一) 被告人は昭和五九年四月、国税局の査察調査を受けたことにより、本件の重大さを自覚するとともに、その責任を痛感し、国税局の調査に全面的に協力し、前記のとおり修正申告もなし、国税等を完納してきたものである。しかし、遺憾ながら被告人は、告発後の昭和六一年四月三日、本件で逮捕され、勾留の身となった。勾留期間中、被告人は反省の毎日を送り、事実については、ありのままに供述してきたのである。そして、公判廷においても、被告人は一貫して本件犯行を認め、事実経過をありのままに供述しているのである。

(二) ところで、近時、脱税をした者が、時に自己の刑責を免れ、あるいはその軽減をはかることを意図して、同和団体を名乗る者や、政治家等に依頼して、国税当局へ働きかけをする例が見られないわけではないが、被告人においては、多くの国会議員や知名士と交際があったにもかかわらず、そのようなことは一切していないのである。

(三) また、被告人は、前記のとおり、本件で逮捕・勾留され、勾留中のまま起訴されたが、異例にも第一回公判期日前の昭和六一年四月二一日、保釈許可となり、釈放された。

このような、異例な保釈が認められたのは、被告人が心臓病を患い、健康を害していたこともあったとはいえ、右のように本件に関しては、事実を認め、改悛していることが考慮されたものと思料される。

(四) 他方、被告人は前記のとおり、自動販売機業界において、全国自動販売機販売協議会の会長の要職を永年務めたものであり、この一事からしても、被告人の業界における実力と信用度の高いことは明らかであるが、被告会社が、大手企業と長期にわたり取引が継続でき、それによって、企業として成長してきたのも、被告人が大手取引先及び金融機関等から高い信用を得ていたからにほかならない。

また、会社内にあっては、部下に対して細やかな配慮を尽し、部下の被告人に対する信望、信頼は絶大なものであり、被告人のために、献身的な努力をおしまないという社員が多いのである。これらの事情も、被告人に有利な事情として、是非斟酌願いたい。

六 社会的制裁及び刑罰と企業の存亡について

被告人は本件により、前記のとおり突然、逮捕・勾留されたものであるが、多くの従業員をかかえる企業の経営者の逮捕・勾留が、従業員、取引先、金融機関及び家族等に与えた影響は計り知れないものがあり、特に、被告人が逮捕・勾留されたことばかりでなく、被告人が韓国籍であることや、前科のあることなども含め、大々的に新聞、テレビで報道された結果、被告人自身、いわば丸裸とされてしまったのであり、これが被告人及び被告会社はもとより、被告人及び被告会社とかかわりを持つ人々に与えた衝撃と、及ぼした影響は極めて大であった。

幸い、被告人の人柄と、それまでの信用、従業員らの支援、協力等により、企業の重大な危機は一応乗り越えたとはいえ、企業経営者にとって、突然の逮捕・勾留とその報道は、実質的には刑罰に優るとも劣らない強烈な制裁と言っても過言ではない。被告人は本件により、右のように極めて強い社会的、経済的制裁を受けたのである。更に、本件においては、昭和五九年四月の査察調査開始から現在に至るまで、長期間を要しており、その間の被告人、家族、従業員らに与えた精神的負担は大なるものがあるのである。

ところで、被告会社の場合、被告人の個人的手腕、力量、信用により、その経営が維持されているといっても過言ではなく、本件後、正しく税務申告しているものの、自動販売機業界自体が厳しい状況下にあり、被告会社では営業利益が出ず、むしろ、不動産の売却等、営業外利益により、ようやく利益を出している実情にあったが、平成元年三月期には、多額の赤字決算を組まざるを得ない状況に追い込まれたのである。このような状況下で事業の縮小を図る一方、社員も一丸となって業務に邁進して会社の再建に尽力してくれているものの、万一、企業のトップにある被告人が実刑となるようなことがあれば、年齢、経験、信用等からして、他の役員、従業員等で被告人に代わりうる者が未だ在せず、したがって臨機の資金手当等ができず、多くの従業員とその家族の生活を支えている被告会社の企業自体の存亡にかかわることとなり、ひいては、取引先等に尽大な影響を与えることも明らかである。現在、被告会社は、右のような厳しい環境下で再建の途上にあり、このときこそ、被告人は必要欠くべからざる存在である。

七 判決結果が被告人の本邦在留に及ぼす影響について

(一) 被告人は前記のとおり、いわゆる長崎事件の判決を受けてから、不法入国者として、東京入国管理局において、退去強制手続を受けたが、同事件の判決が執行猶予付であったこともあり、昭和五八年一〇月、「法務大臣が特に在留を認める者」(出入国管理及び難民認定法第四条第一項第一六号、同施行規則第二条第三号)として、本邦における在留を認められて今日に至っているが、被告人のような在留資格で我が国に在留する者(外国人)が、犯罪を犯して実刑の有罪判決に処せられた場合には、右実刑判決が退去強制事由(同法第二四条第四号(リ))に該当し、退去強制手続がとられることになる。

註 「第二四条、次の各号の一に該当する外国人については、第五章に規定する手続により、本邦から退去を強制することができる。

・・・・・・・・・・

(四)(リ) へからチまでに規定する者のほか、昭和二六年一一月一日以後に無期又は一年を越える懲役若しくは禁錮に処せられた者。

但し、執行猶予の言渡しを受けた者を除く」

(二) 前記のとおり、長崎事件の場合はには、幸いにも執行猶予のご恩典を賜ったので、右退去強制事由に該当することなく、引き続き本邦での在留が認められて、事業活動を続ける事ができたが、万一、本件について、一年を超える実刑判決(主文が二個の場合には、それを合わせた刑が一年を超える実刑判決とするのが行政解釈である)を受けた場合には、明らかに、右退去強制事由に該当する者として、退去強制手続がとられ、その結果「国籍の属する国」(同法第五三条第一項)へ強制送還されるおそれが存するのである。

そのようなことになれば、これは被告人にとって、死刑にも値する極刑というほかはない。

第三 結び

原判決は、以上の被告人にとって有利な事情を、ことさらに低く評価したものであって、到底、承服しえないところである。

本件各犯行は、ほ脱額及びほ脱率が高額、高率であり、また、本件犯行の一部が前刑の執行猶予期間中に行われた点において、遺憾の念を禁じ得ないところであるが、執行猶予期間中の犯行との点については、多くの酌量すべき事情があることは、前に述べたとおりであり、また、ほ脱額及びほ脱率の高いことについても、これがほ脱事犯の刑の量定をする上における決定的要因ではなく、その一要素にすぎないのであって、その他の情状を併せ考え、両者を比較衡量して、総合的な観点から、最終的な結論(刑の量定)が導き出されるべきものと考える。

本件の場合、被告人には、前記の二つの不利な情状を除けば、そのほかは、被告人に有利な情状ばがりであり、かつ、その有利な情状は、十指に余り、しかも十有余の有利な情状は、被告人の生い立ち、社会に尽くした善行、自販機業界での功績、ほ脱諸税の速かな完納等々、そのいずれをとっても、前記不利な情状を償って余りあるものがある。

刑は刑なきを期し、罪を犯した者を遷善・再生させることをその目的とするのであって、人(企業)を死に至らせるものであってはならない。

万一、本件被告人に対し、実刑判決が確定した場合には、被告会社の倒産は必至であり、かくては多くの従業員とその家族及び被告人の家族を路頭に迷わせることになるばかりではなく、被告人が日本の経済社会から葬り去られることもまた必至である。また、被告人は昭和六〇年三月以来、心室性頻拍症・心室性期外収縮・高血圧症を患い、以来、心臓発作を起こして、救急車で病院に運び込まれること六回に及び入院四回を経験しており、いつ心臓発作に襲われるかも知れず(そのため、心電計を常時着装しているほどである)、被告人の生命も危惧されるところである。

以上、本件のすべての情状を考えるとき、被告人に対し、実刑判決をもって臨むことは、一方において一般予防を重視しすぎるものであって刑事政策の理念に悖るばかりか、これが影響するところ重大であって、原判決の刑の量定が著しく重きに失し不当なることは明白であり、原判決を破棄しなければ正義に反するものと確信する。

平成二年(あ)第一六三号事件

○ 上告趣意書

法人税法違反 被告人 岩崎電工株式会社

同 同 山崎勇こと尹柱烈

右の者らに対する頭書被告事件につき、平成元年一二月二七日、東京高等裁判所の言い渡した判決に対し上告を申し立てた理由は、次のとおりである。

平成二年五月七日

弁護人弁護士 大塚正夫

最高裁判所第一小法廷 御中

上告理由

第一 憲法第三一条、最高裁判例違反

原審が、弁護人らにおいて、被告人らに有利な第一審認定事実を前提として控訴理由を展開し、かつ、この事実を補強するため、証人尋問を申し立てているのに、これを却下し、他に何らこの事実に関する取調をすることなく、第一審で取り調べた証拠のみによつて、右認定事実を全く否定した事実を認定し、これに基いて控訴を棄却したのは憲法第三一条の趣旨に違反する措置であり、刑訴法第四〇〇条但し書きの解釈上許されないところである。

控訴裁判所が第一審の取り調べた証拠のみを検討して一審判決の認定した被告人に有利な事実を否定し、被告人に不利な事実を認定しようとするときは、みずから事実の取調をしなければならないとするのが、最高裁昭和三一年七月一八日大法廷判決(刑集一〇巻一一四七頁)をリーディングケースとして最高裁がこれまで積み重ねた刑訴法第四〇〇条但し書きに関する一連の判例の趣旨である。

原審が第一審の取り調べた証拠によって一審と別の心証を生じ、それによって、一審判決の被告人らに有利な事実認定を変更しようとする場合には、原審は憲法第三一条の趣旨に従い、被告人らに対し告知と聴問を受ける権利を保障すべきものであるから、新たにこの点に関する事実を取り調べるべきものであり、殊に右認定事実を更に充実、補強しようとして、弁護人らが証人を申請している場合には、これを却下することは右の権利の保障を無視するものであって、許されないというべきである。

以下、この点を詳述する。

弁護人らは、原審において、一審判決に認定された被告人らに有利な事実、すなわち特に同判決七丁裏より認定の昭和五六年一二月八日「被告人と永井常務との間」(これは、正確には、被告会社の代表者である被告人、アスター商事の代表者である高橋弘美、富士冷機の代理人である永井隆との間……証人尋問等に使用する資料一覧表の一一参照)に「富士冷機のアスター商事に対する債権は合計五億四七〇〇万円とし、うち一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出、被告会社裏書の手形で支払をするものの、残債権のうち二億六三〇〇万円は富士冷機においてアスター商事に対し債務を免除し、一億五〇〇〇万円はアスター商事の在庫商品を返品することによって代物弁済をする」合意が成立したが、「その後………富士冷機が二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する右同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたこと」を出発点とし、同八丁表より認定の「相殺処理」と「高橋社長の負担による弁済」及び「帳簿上の返品処理」を行ったが、「右の方法によっても八八六五万円余の債権が残ることとなつた」として「昭和五七年三月頃被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振り出し、被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振り出してほしい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金債権から値引きをすることによって実質的に補填する旨申し入れ、被告会社がこれを了承した」までの事実等を前提として、右認定の債務免除の合意、右各処理と弁済及び一審証人古池俊明(富士冷機社員)の「同社はこの一二月八日の合意を経済的、実質的に変更するつもりはなく、この合意の経理処理面を同社にとって損金算入が認められる形で行うこととなった」との証言記載(別紙一審判決該当部分の証拠参照)を援用し、この合意等によりアスター商事の債務が残存していないことを理由に控訴理由を展開し、この点を本件控訴の最大争点としたのである。なお、弁護人らは、併せてその認定事実を更に補強、充実するため、前記補填申し入れ、すなわち返金する旨の書面(前記資料一覧表番号二四の念書)の作成者富士冷機社員広幡忠恒、同原靖雄の両名等を証人申請をしたが、原審は、これに対し一審判決認定事実の評価に関する問題に過ぎないとして、これを却下し、剰え弁護人らに対し、棚卸し関係と情状に関する点に限り被告人質問を許し、この最大の争点に関する被告人質問を許さなかった。そして原審は、一審判決認定の右事実をすべて否定し、富士冷機が単にアスター商事に対し八八六五万円余の債権を残しているから、その支払いを請求し、他方富士冷機は、被告会社がアスター商事買収のため蒙った損害の補填を要求したので、これに応じて被告会社に対し同額の機械代金の値引を約したとのみ認定し、その他一審認定の右事実をすべて否定し、これを前提事実として被告人らの控訴を棄却したのである。この点原審が被告人らに対し、新たに不利益な事実を認定し、これに基き自判したものというべきである。

このような措置は、被告人らを陥せいにおとし入れるような措置というほかないものである。

刑訴法四〇〇条但し書きに関する前記最高裁の判例が、前記のような場合に控訴審は、事実の取り調べをすることを要するとした所外は、憲法第三一条により被告人には告知と聴問を受ける権利が保障されているから、仮に控訴審が一審に現れた証拠によって一審認定の被告人らに有利な事実を否定する心証を得ている場合でも、控訴審がかかる心証を得たのは、当事者の弁論を直接感知したからではなく、また各証拠調べに直接関与した結果からでもないのであるから、直接審理主義、口頭弁論主義の保障のため、事実の取り調べを要するとしたものと判断される。

そうであれば、その要請に係る事実の取り調べは、事案の核心を突く取り調べであることを要するのは当然である。このことは、最高裁昭和三四年五月二二日第二小法廷判決(刑集第一三巻七七三頁)において明示されている。

この事案の核心を突く取り調べを、本件について具体的にいえば、本件の最大の争点である一審判決認定の前掲被告人らに有利な部分、特に富士冷機の八八六五万円余の「債権の処理上」という目的のためのアスター商事の手形振り出し、被告会社の裏書、これに対する富士冷機の被告会社に対する「実質的に補填する旨」の申し入れに関する事実の取り調べに当たるのであるから、その核心を突く取り調べをするためには、少なくともこの点に関する物証である前記念書(返金という用語を使用する。)の作成者であって、一審以来弁護人の申請にもかかわらず、取り調べられていない証人広幡、原の両名の尋問が必須不可欠であったのである。しかるに、原審は、これを却下し、この点に関し弁護人らに被告人質問をすることすら封じた上、他にこの点に関する何らの取り調べをせず、被告人らに有利な一審認定事実を悉く否定し、新たに被告人らに不利益な事実を認定し、これを前提として控訴を棄却したのは、憲法第三一条の趣旨に違反し刑訴法第四〇〇条但し書きの解釈を誤ったものであり、前記最高裁の判例の趣旨に反するものというべきである。

第二 判断の遺脱と重大な事実誤認

原判決には、判断の遺脱と判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ、著しく正義に反するものである。

一 判断の遺脱

原判決が一審判決第三認定事実に関する弁護人らの控訴趣旨を「仕入れ値引きが被告会社の所得に当たらない」とのみ要約したのは誤りであって、弁護人らは「その値引きが被告会社の所得になるとしても、同時に被告会社は、同額の債務をアスター商事に負ったものであるから、その債務負担を被告会社の損失に計上しないのは違法である」と主張していたのである。(伊藤・大塚控訴趣意書二七頁)。

従って、この点について、原判決には判断の重大な遺脱があるものである。

二 理由不備と事実の誤認

原判決は、三丁裏において昭和五六年一二月八日被告人と永井らとの間に「富士冷機のアスター商事に対する債権の合計額を五億四七〇〇万円とし、そのうちの二億六三〇〇万円については、債務を免除し、一億五〇〇〇万円については、アスター商事から商品の返品を受け、一億三四〇〇万円についてはアスター商事振り出し、被告会社裏書の手形の交付を受けて清算する旨」の前記合意の成立を認定している。

この合意が成立した以上、債務免除は即時に効力を生じ、その後所定の商品の返品、手形の振り出し、支払いが実行された本件では、原判決がいうように「それでもなお、アスター商事に対する八八六五万円余の債権が残ることとなる」筈がないのである。このことは、算数上明白なところである。

弁護人らは、第一審以来この八八六五万円余の債権が実体上は残っていないと主張し、この点が本件における最大の争点であるにもかかわらず、原判決は何ら理由を説明することなく、右債権の残存をいうのは、判決に理由を付さないものといわなければならない。

この点は、第一審判決八丁表において認定された次の事情が存するのである。

「富士冷機は、社内での検討の結果、アスター商事に対する前記二億六三〇〇万円の免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する同額の債権を何らかの方法で回収したような形式を整える必要が生じたことから、富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせたアスター商事とのリベートに関する覚え書きを作成し、これにより同社に対して一億二二〇〇万円のリベート債権があることとして右債務とアスター商事に対する前記債権と同額で相殺処理し、また高橋社長の負担によって二七〇〇万円の弁済を受け、更に、アスター商事の帳簿に記載されている商品および簿外商品並びに被告会社からアスター商事に移した商品を適宣金額を定めて帳簿上の返品を行った」。

このように第一審は認定し、しかもこの点の証拠は、別紙一審判決該当部分に対して列挙したとおりであって、大部分証拠物たる書面と富士冷機社員の証言によって認定できるところである。

原審がこの点の事実認定に依拠した同社員らの検事調書中の供述がいかに真実を隠匿していたか、そしてそれらが第一審において真実を隠し切れず供述を変えて来たかは、相弁護人ら提出の上告趣意書において明らかにされている。それだからこそ第一審は、前者の供述記載を措信せず、公判廷の証言によってこの点の事実認定をしているのである。

ところが、第一審判決は、右認定事実に続けて「右の方法によっても、八八六五万円余の債権が残る事となった。」といっているのである。

しかし、一、二審がともに認定した前記昭和五六年一二月八日三社間の合意が成立し、二億六三〇〇万円の債務免除が効力を生じ、右認定の「相殺処理」、「高橋社長の負担による弁済」および「返品」が行われ、しかも富士冷機側証人古池俊明が前掲証言をしている以上(その上、原判決も認定しているように、アスター商事を引き受けたことにより多大の損害を被った被告人が前記認定の債務免除を合意解除して、二億六三〇〇万円もの債務を復活させるわけはないのであるから、)八八六五万円余の債権が残る筈がなく、この債権についても第一審判決認定の「右債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える」方法がなかったため、形式上回収したとすることができず、帳簿上残ったに過ぎないのである。この点弁護人らが控訴趣意書と同補充書において詳論したところである。

従って、原判決認定のように、富士冷機がアスター商事に対して八八六五万円余の支払いを請求したのではなく、右債権が回収されたように形式を整えるについて協力を依頼したに過ぎないのである。

この点が控訴審における最大の争点であり、弁護人らの主張するところが常識上も証拠上も素直な見方であるにもかかわらず、原審が何の理由をつけることなく、率然として、その認定した事実自体から算数上も残存していないことの明白な八八六五万円余の債権が残ったので、その支払を請求したとするのは、重大な事実誤認である。

なお、原判決は、被告人が「アスター商事を引き受けたことにより多大の損害を被ったとして」、富士冷機に機械代金の値引きを迫ったため、同社は、八八六五万円余の値引きを承諾したかのような認定をしているが、これも誤りである。

被告人が富士冷機に対しアスター商事引受による損害を補填すべきことを主張し、同社よりその実質上の補填としてその後富士冷機より昭和五七年一〇月と一二月に合計五〇〇〇万円の利益を受けたことは事実であるが(入谷昭の昭和六一年四月一五日付け検事調書参照)、この外なお八八六五万円余の補填(損害を受けたことを理由に値引きを要求するのは、損害の補填の要求にほかならない。)を要求したのでない。

前記八八六五万円余の手形振出、裏書は、富士冷機からアスター商事と被告会社の事実上の代表者である被告人(この点後記参照)に対し、前述の二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表しないですむ手段の一環として、右振出、裏書を要請して来たので、被告人は、止むなく前述の念書をとって、これに応じたものに過ぎない。

仮に原判決認定の事態としても、富士冷機は、八八六五万円余の支払いを受けても、同時に同額を返金するに過ぎないから、プラスマイナス零となり、結局債権放棄と実質上異ならないことになるから、単純に債務免除をすれば足りるのに、敢えてこのような手形振り出し、同額の返金(機械代金の値引きは、返金の実体を隠すための単なる名目であることは前述の念書の明文上明らかである。)の形をとったのは、八八六五万円余の債権の弁済を受けた外観を作る目的があったからであるといわざるを得ないはずである。

また、被告会社にとっては、原判決認定のように資産内容の悪いアスター商事振り出しの手形について裏書人の責任を負った以上、結局その支払いをせざるを得ないことになることは、当然予想されていたのであり(また事実そのとおりになったのであるが)、しかも原判決は、五枚目表において「アスター商事は、被告会社が富士冷機から受けた値引き分を手形の決済資金に充てるべく、これをアスター商事に対する再値引き分として回してもらうつもりであった」と認定しているのであるから、(被告会社も当初はそのつもりであったことは後述のとおりである。)実質上原判決にいう損害に対する補填にならない関係にあったのである。従って、被告会社が八八六五万円の損害の補填を受けたとする原判決の認定は奇妙な認定といわなければならない。

ここで注目すべき点は、アスター商事と被告会社は、勿論別人格ではあるが、昭和五六年一一月二一日前者の株式の九〇パァーセントは、被告会社が取得しており、被告会社は被告人が実質上主宰している(第一審判決二枚目、原判決九枚目参照)のであるから、同日以降被告人が両社の意志を決定していたことである。このことは、富士冷機の社員広幡忠恒が、被告人に対し、アスター商事の八八六五万円余の手形振り出しを要請し、被告人がこれを承認したこと(被告人の昭和六二年一二月二四日公判調書中のその旨の供述記載参照)、また右八八六五万円余の手形の振り出しも、被告人の指示によりアスター商事の社員がその形式上の代表者のゴム印などを利用して振り出ししていることに徴して明白である。

原判決は、その五枚目表において「アスター商事は、被告会社が富士冷機から受けた値引き分を手形の決済資金に充てるべく、これをアスター商事に対する再値引き分として回してもらうつもりであった」と認定しているが、そうとすればアスター商事の当時の事実上の代表者は被告人であるから、被告人は、被告会社の代表者としては、右手形の決済資金をアスター商事に回付すべきものと考えていたことは当然である。

事実、被告会社が富士冷機よりの前記返金を自己に帰属させることはできないと考えていたことは証拠上明白なところである。

すなわち、前掲資料番号二六、二七、三六、四四と昭和六二年七月二九日証人入谷昭の供述記載によれば、被告会社は、アスター商事に対し昭和五七年五月頃に富士冷機から受けた値引き分(実質的には返金)をそのままアスター商事に対する値引きという名目で回付したことがあったことが認められ、また前掲資料番号三四昭和五七年六月一〇日付被告会社作成「アスター(日電)関係の処理案」によれば、「被告会社は、アスター日電が富士冷機に対して別紙のとおり支手発行済(決済要)、富士冷機より同月同学の値引が被告会社に入る結果として、被告会社より同月同額をアスター日電に返却しなければならない」と考えていたこと、同資料番号四四被告会社作成の文書によれば、被告会社が富士冷機よりの値引分は、アスター商事あてに「返金」されたと考えていたことがそれぞれ認められる。

被告会社が富士冷機よりの返金分はアスター商事あて「返却」すべきもので、それが実行されて、「返金」されたと考えていた以上、これらの金員は本来はアスター商事に帰属すべきもの、ないし被告会社にそうする義務があると考えていたと認定すべきは当然である。一方アスター商事が債務もないのに手形を振り出したのは、その決済資金は、被告会社との間に同社が富士冷機から受ける返金をアスター商事に回付する約束ができていると考えたからである。

従って、原判決四枚目表認定の昭和五七年三月二〇日の富士冷機、アスター商事および被告会社の三社間の合意当時被告会社とアスター商事間に右手形金に相当する金員は、富士冷機より被告会社に機械代金の値引きという名目で返金されてくるので、被告会社がこの金員をアスター商事に回付すべきものとする合意ができていたというべきである。

従って、被告会社がアスター商事に対し、右合意に基く債務の履行として手形決済資金を回付したに過ぎないのである。

以上によれば、原判決認定の昭和五七年三月二〇日の三社間の合意により、被告会社はアスター商事に対し右各手形の満期には、その金額(合計八八六五万円余)を回付する債務を負ったものというべきである。

原判決は、被告会社の資金の回付を「資金を貸付たことにほかならず」と認定しているが、これも重大な事実の誤認である。

前記認定のように、被告会社は、前記返金分を自己に帰属させることはできず、これをアスター商事に返却しなければならないと考え、一方アスター商事は、被告会社から前記返金分を前記手形の決済資金として回して貰えると考えていたからこそ、債務もないのに前記手形を振り出したのであるから、被告会社とアスター商事間にこの回付金を消費者貸借の目的とする合意が成立する筈がないのである。従って、原判決が証拠上の根拠も示さず、理由の説明もせずに被告会社がこの関係で貸付金債権を取得したとするのは、理由不備の違法があるものである。

事実被告会社は、この金を貸付金として経理上記帳したことはなく、この資金の流れの経理上の処理に困り、単に金がアスター商事に流れたことを記帳する目的で、これをアスター商事勘定(原判決の岩電勘定とあるのは誤記)という未収金勘定に計上したのである。

しかしながら、被告会社がこのような経理上の処理をしたからといって、何らかの金銭債権が発生する筈がないことは当然であって、この記載は実体のない虚偽の記載に過ぎない。

従って、被告会社の右債務負担を同社の損失として計上しなかった原判決は被告会社の昭和五七年三月期の所得額の認定に八八六五万円余の重大な過剰認定があり、この誤りが判決に影響を及ぼすべきは当然である。

よって、このような重大な過剰認定を前提とする原判決は、これを破棄しなければ正義に反するというべきである。

第一審判決中八八六五万円余の約束手形振出に関する認定事実とその証拠

第七丁表

そこで検討するに、関係証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、被告人は、昭和五六年一一月一九日、富士冷機側からの申入れに基づき、富士冷機の永井隆常務及びアスター商事の高橋弘美社長との間で、被告会社が富士冷機傘下のアスター商事を買収することを承諾し、その際、アスター商事の資産状態について同年九月末日現在の損失を八六〇〇万円、同年一〇月分の予想損失を一七〇〇万円、同年一一月の予想損失を一五〇〇万円として、そのうち富士冷機及び高橋社長で六〇〇〇万円を、被告会社が残りの五八〇〇万円を負担する旨の合意がいったん成立したが。

証拠

証人尋問等に使用する資料一覧表

3 甲号証五四永井調書添付資料二株式譲渡契約

4 同右

5 同右資料三

6 同右資料四

被告人は、被告会社の柴田一夫部長に対し、アスター商事の資産状態の洗い直しを命じたところ、富士冷機から提示された資産状態よりはるかに資産内容が悪い旨の報告を受けた。そこで被告人は、同年一二月七日、右永井ら富士冷機側とアスター商事の資産内容についての検討会議を持つたが、紛糾して結論を得ることができず、翌八日、被告人と永井常務との間で、富士冷機のアスター商事に対する債権は合計五億四七〇〇万円であり、うち一億三四〇〇万円についてはアスター商事振出・被告会社裏書手形で支払をするものの、残債権のうち二億六三〇〇万円は富士冷機がアスター商事に対し債務を免除し、一億五〇〇〇万円はアスター商事の在庫商品を返品することによって代物弁済することとした。

証拠前掲一覧表

11 前記3調書添付資料五

12 同右

13 同右資料六

15、16 同資料七

ところが、その後富士冷機は、社内での検討の結果、アスター商事に対する前記二億六三〇〇万円の債務免除をそのまま公表処理することに問題があり、アスター商事に対する右同額の債権を何らかの方法で回収したように形式を整える必要が生じたことから。

証人古池俊明に対する昭和六二年一月二二日証人尋問調書(第七回公判)七一丁以下

同証人に対する同年四月一四日証人尋問調書(第九回公判)

四八丁以下

同六五丁以下 約束したことを公表するような形では処理できないことになったが………一二月

八日合意の経理処理面を富士側にとって損金算入が認められる形で行うことになった。………経済的、実質的な変更はないが、ただ方法論を話し合いながら(変えることとなった。)。

富士冷機は、作成年月日を昭和五五年一〇月一五日まで遡らせたアスター商事とのリベートに関する覚書を作成し、これにより同社に対し一億二二〇〇万円のリベート支払債務があることとして右債務とアスター商事に対する前記債権とを同額で相殺処理し、また高橋社長の出捐によって二七〇〇万円の弁済を受け、更に、アスター商事の帳簿に記載されている商品及び簿外商品並びに被告会社からアスター商事に移した商品を適宣金額を定めて帳簿上の返品処理を行ったが、右の方法によっても八八六五万円余の債権が残ることになつたため、昭和五七年三月下旬ころ、被告会社に対し、富士冷機のアスター商事に対する債権の処理上、アスター商事振出・被告会社裏書の手形を富士冷機あてに振出して欲しい旨要請するとともに、右手形の決済資金は、富士冷機が被告会社に売り渡す機械の代金價額見から値引をすることによって実質的に補填する旨申し入れるに至った。

証人古池俊明に対する昭和六二年五月一二日

証人尋問調書

前掲一覧表

19、20 甲号証一〇三捜査報告書(その九)資料二覚書

21 同右資料四 アスター商事処理問題

22 同右資料五 アスター商事処理

23 同右資料三

24 甲号証六〇原調書添付念書

証人柴田一夫に対する昭和六二年九月九日

証人尋問調書

証人入谷昭に対する昭和六二年七月二九日証人

尋問調書

原靖雄に対する昭和六一年四月七日付検事調書

これに対し、被告人は、富士冷機からの申入れが実質的に被告会社の負担を増大させるものでないことから、これを了承し、部下に対し、アスター商事振出・被告会社裏書の約束手形一二通(額面合計八八六五万七〇二七円、支払期日昭和五七年七月から同五八年六月までの各二〇日)を富士冷機に渡すように指示し、同年三月二〇日ころ右約束手形が振出された。

前掲一覧表

24 前掲念書

証人入谷昭に対する昭和六二年七月二九日

証人尋問調書

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